Day23:バーニョとボイラー(後編)
そんなある日、私の手際のよさと呑み込みの早さに驚いた部門長が、なんとエンジン開発の会議に呼んでくれた。
胸がどきどきする。工房の中枢に足を踏み入れるなんて思ってもみなかったのだから。
本日の議題は――マナ車の大型化。
エンジンに関しては改良の目途が立っており、次の課題は「素材の高質化」だった。
具体的には、ボイラーをより高圧に耐えられるものにすること。
「しかし、今の構造じゃ三気圧が限界だな……」
「強度を増しても、せいぜい一割出力が上がるかどうかだ」
職人たちの言葉は重く、そして暗い。
釜を大きくすれば蒸気は増え、パワーも上がる。だが、その分だけ重量が増し、大量の水を積まねばならない。
レス・セット・ジェルマネス工房独自の水循環式エンジンであっても、この根本的な問題は避けられなかった。
「……結局、今の型が一番バランスがいいってことか」
議論は同じところを回り続け、会議室の空気は重苦しく沈んでいった。
皆の雰囲気にのまれ、私も頭を悩ませながら、何かいい案が出せないものかと考えていた。
この会議に呼んでもらったからには、期待されていなくても、せめて一つくらい手助けになるアイデアを出したい――。
けれど考えれば考えるほど、頭の中は空回りし、言葉が出てこない。
鉛のように重い沈黙が会議室を支配し、誰もが眉間に皺を寄せていた。
そのとき、外から「ゴーン……ゴーン……」と昼の鐘が響いた。
工房の壁越しに伝わる低い音が、張り詰めた空気をかき乱すように広がっていく。
「……ここで手をこまねいていても仕方があるめぇ。昼にするか」
部門長が大きく息を吐いて言うと、皆が一斉に肩を落とした。
私たちは立ち上がり、どこか気まずさを抱えたまま食堂へと移動することになった。
食堂では、すでにマルセル、ヨアヒム、ペーターの三人が食事をとっており、何やら上機嫌だった。
どうやら、ヨアヒムの板金を叩く腕前が相当に良いことが分かり、その技術を三人で共有した結果、今まで躓いていた課題を乗り越えられたのだという。
顔つきがどこか誇らしく、三人とも職人として一歩前に進んだことを実感しているようだった。
「今日は祝いに、仕事が終わったら公衆浴場へ行こうぜ!」
マルセルが声を弾ませ、二人も嬉しそうにうなずく。
その姿を遠くから見ながら、私は正直、焦っていた。
あの三人は着実に技術を積み上げているのに、私はと言えば、書類整理ばかりで手を動かした経験がほとんどない。
このままでは本当に置いていかれる……。
そんなとき、上機嫌なままマルセルがこちらへ絡んできた。
「よぉ、ユリカちゃん。どうした?暗い顔で。今日の整理は終わったのか?お前も来るか?バーニョ」
いつもなら気にも留めない挑発だった。
けれど、この日は会議の重苦しい空気を引きずり、さらに焦燥感に駆られていた私は、抑えきれず一瞬で爆発してしまった。
――そして、冒頭の場面へと戻る。
「ちょっと、あんた!! いつもいつも、なんなのよー!」
思わず声を張り上げる。
――その瞬間、不思議なことに頭の奥で何かがつながった。
(……バーニョ。湯を沸かす、蒸気を満たす……一瞬で爆発した私……?)
怒りの熱が、別のひらめきを呼び覚ますかのように、私の心に小さな火花が走った。
「……そうだ、その手があった!」
「な、なんだよ、少しからかったくらいで……」
マルセルの声を無視し、私は彼を押しのけて近くの書類を掴む。裏面にペンを走らせ、勢いのまま設計図を描き始めた。
頭に浮かんだのは、前世でよく観ていたMyTuberの企画だった。
銅管をコイル状に巻き、焚き火で熱して風呂を沸かす――そんな単純な実験。
だが、銅管が一気に加熱されすぎて、内部の水が瞬間的に沸き、吹き出すシーンを私は鮮明に覚えている。
結論は単純だ。接地面積が多すぎて圧力が急上昇した、ただそれだけ。
(ならば逆に――制御してやればいい!)
私は、そのときの「銅管ボイラー」を応用し、釜を菅式にした新しいボイラーの構造を書き起こした。
無骨な線ではあるけれど、頭の中に浮かんだ熱がそのまま図面に定着していく。
書き終えるや否や、私は迷わずエンジン部門の集うテーブルへ駆け寄り、図面を広げて説明していた。
最初、職人たちの視線は冷ややかだった。奇天烈な思いつきにすぎないとでも言いたげに。
けれど話が進むにつれ、その目が変わる。腕を組んだまま前のめりになり、口元がほころび、ついには職人特有の輝きを宿していた。
「これなら高圧も夢じゃねぇ……!」
「すぐに試してみよう!」
ざわめきは熱気に変わり、その場は一気に実験の段取りを組む空気になった。
私は胸の奥が熱くなるのを感じながら、皆と一緒に工房へ向かう。
その様子を、食堂の端からマルセルは悔しそうに睨みつめ、
一方で、ヨアヒムとペーターはただただ口をあけて、呆然と見つめていた。




