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Day18:夢に繋がる四日間

四日目、最終日。


この日の朝は、四人そろって宿の食堂に集まった。

窓から差し込む光は明るく、パンとスープの湯気が立ちのぼる中で、自然と会話も弾む。


フォルミーガ・グランの素材は昨日のうちに買い手がつき、本日付で代金が振り込まれるとのことだった。

バルドおじさんの読み通りである。


今日の予定を聞けば――

バルドおじさんと兄さんはまず商業ギルドへ向かい、その後は村から頼まれた物資を買いそろえて搬入するのだという。

一方、私とリアはレス・セット・ジェルマネス工房を訪ねる。

主に自転車の改良について話を詰めることになるだろう。


昼は二人で済ませてくる予定で、そのあと商業ギルドで二人と合流する手はずになった。


朝食を終えると、その足でリアと並んで工房へ向かった。

朝の大通りは活気に満ち、人々の声と香りがあちこちから押し寄せてくる。


ふと甘い匂いに鼻をくすぐられて振り向くと、屋台の鉄板で生地がじゅうじゅうと音を立てて焼かれていた。

熱気に粉砂糖が舞い、焼きたての菓子は湯気を立てながら旅人や子どもたちの手に次々と渡っていく。


思わず足を止めた私は、財布の口を開きながらリアに笑いかけ、


「工房のみんなへの差し入れにしようか」


包みを抱えると、ほんのりとした甘い香りが胸いっぱいに広がった。


工房に着くと、受付にいた女性へ焼き菓子を手渡した。包みを開けると甘い香りが広がり、思わず笑みがこぼれる。受け取った彼女も「皆でいただきますね」と嬉しそうに頭を下げてくれた。


私とリアはそのまま工房長室へ案内される。

通りすがる作業場からは、今日も変わらず板金を叩く鋭い音が響き、鉄の匂いと熱気が廊下まで漂ってきた。


工房長室は外の喧噪とは別世界のように静かで、大きな窓から光が差し込んでいる。重厚な机が部屋の奥に据えられ、左右の壁には技術書や特許関係の資料がぎっしりと並んでいた。


部屋の手前には柔らかな革張りのソファーが置かれ、私とリア、そして工房長と受付の女性がそのまま向かい合わせに腰を下ろす。受付の女性は「サマン」と名乗り、どうやら秘書のような役割も担っているらしい。


まずは工房長とサマンにこの三日間のお礼を伝え、それからリアを紹介した。


「こちら、自転車を共同で開発したリアンナです」


私が言うと、工房長はふむと頷き、じっとリアを見つめた。

「おぉ、お前さんがデモンズの娘か。ふむ……親父に似て、よい手をしているな」


ごつい指で軽く宙をなぞるようにしながら、まるで職人の眼でその手つきを評価するかのようだった。


「ありがとうございます」

リアは少しうつむき、どこか照れくさそうに微笑んだ。頬に赤みが差し、その姿を見て私まで胸が誇らしくなる。


「さて、今回お越しいただいたのは、お二人が発明された“自転車”の改良と販売について確認するためです。まだ未定ではありますが、ユリカさんが工房に入っていただける前提で話を進めますね」


サマンさんは柔らかい口調で続ける。

「自転車が、先日伺った通りのものであるなら、今後はユリカさんと共に改良を進め、その過程でリアさんにも助言をお願いすることがあると思います。それは大丈夫ですか?」


リアは一瞬きゅっと唇を結び、それから小さく「……はい」と答えた。


「ごめんなさいね。『伺った通りだったら』というのは、自転車を信じていないという意味ではないの。ただ、ユリカさんから聞いた改良点が、実際にリアンナさんの意図通りかどうかを確認したいということなの」


そう補足すると、サマンさんは少し身を乗り出し、

「では、ユリカさんには改良作業に加わっていただき、リアンナさんには助言者という形でご協力をお願い出来る前提で話を進めますね。

その場合、改良にかかる素材や光熱費はすべて工房で負担します。ただし、その期間に報酬はお支払いできません。完成後の販売については当工房が独占する代わりに、特許はユリカさんに持っていただきたいと考えています。

そして利益の分配ですが――材料費・税を差し引いた粗利のうち、ユリカさんに四割、リアンナさんに一割をお渡しします」


サマンさんが言い終えると、リアが慌てて声を上げた。

「す、すみません。自転車の件ですが、私なんて本当に大したことはしてないんです。原型は全部ユリカで、私は少し手を加えただけで……」


その言葉に、工房長が低く笑った。

「聞いている。だが建築の知識を生かして補強したのは事実だろう? 今回俺たちは、それを踏まえて進化させようという話だ。無関係なんてことはあるまい。お前さんにも、きちんと権利はある」


リアははっとして目を見開き、次の瞬間、目尻がうるんだ。

「……ありがとうございます」

小さな声だったが、その震えには確かな喜びがこもっていた。


ちゃんと他人に認められたことが、どれほど嬉しいか。

私はそっとリアの左手に右手を添え、微笑んだ。


「私はその条件で問題ありません。……リアは?」

問いかけると、リアは真剣な顔でうんと頷いた。


「それでは、その内容で契約を交わす準備をしましょう」

サマンさんは静かに言葉を続ける。

「本契約は、改良作業に正式に入るときに結ぶことになります。今回はそれまでに他と契約を結ばないという約束を記した“予備契約書”です」


やがて、羊皮紙にしたためられた文面の末尾に、私とリア、そして工房長のサインが並んだ。

原本は工房長の手に渡り、控えが私とリアの手元に残る。


「よし! 堅苦しい話はこれまでだ。乾杯といきたいところだが、今日のところは葡萄水で我慢しよう。――ちょうど昼時だ、食事にしようじゃないか。まだ時間はあるんだろう?」


工房長の声に背を押されるように、私たちは工房の食堂へと移動した。

大きなテーブルには、香ばしく焼かれた肉が山のように積まれている。湯気を立てるスープ、籠いっぱいのパン、彩り豊かな野菜の皿まで並び、目の前に広がる光景はまるで宴のようだった。


「……す、すごい量……」

リアは初めて見る肉料理の豪快さに目を丸くし、思わず息を呑んでいた。


食事を終え、工房の皆に挨拶を済ませた私たちは、商業ギルドへと向かう。

そこでは既に、バルドおじさんと兄さんが荷の積み込みを終え、準備万端で待っていた。


「帰りは荷も軽いし、馬車も少ない。二日半もあれば村に着くだろう」

そう聞かされ、胸の奥にほっとした安堵と、名残惜しさが同時に広がる。


振り返れば、わずか四日間。

けれど、とても四日とは思えないほど濃く、胸に刻まれる時間だった。

石畳の街並み、大聖堂の尖塔、工房の熱気、そして新しい夢。

そのすべてを背にして、私たちは領都を後にし、帰路へと就いた。

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