Day17:夢への鍛音
翌朝、朝食を済ませると、私は真っ先に工房へ向かった。
受付で挨拶をしてから奥へ進み、工房長にも深く頭を下げる。
すると工房長が腕を組み、にやりと笑った。
「……少しだけなら、板金を叩かせてやろう」
一瞬、耳を疑った。
「えっ、私が……ですか?」
返事を待つ間もなく、胸の奥から歓声が湧き上がる。
案内されたのは、タイヤに取り付ける泥除けの作業場だった。
外からは目立たないけれど、実はとても重要な部位らしい。
組んだあとの内側――最後には見えなくなってしまう部分だが、溶接でつなぐ大事な場所。
しっかりと密着させるため、湾曲具合が大切だという。
職人が手本を見せてくれる。槌が金属を打つたびに、板金が形を変え、ぴたりと馴染んでいく。
「ここは派手さはねえが、強度を決める大事なところだ。気ぃ抜くなよ」
槌を渡された私は、思わず背筋を伸ばした。
見えなくなる部分――それでも、いや、だからこそ丁寧に仕上げる。
一打一打に魂を込めるように槌を振り下ろした。
カン、カン、と音が響くたびに、胸の奥が震えた。
私の小さな力でも、このマナ車の一部を支えることになる。その実感に、頬が熱くなり、目頭までじんとする。
隣で手を添えられながら、私はひたすら板金を叩き続けた。
思い通りにはいかない。叩く角度も力も均一ではなく、どうしても歪になる。
それでも何度も修正を重ね、少しずつ――不格好ながらも、湾曲した板金の形が見えてきた。
「ふぅ……」
額の汗を拭うと、腕は鉛のように重く、しびれまで感じる。
午前中だけで、これほど全身が疲れるとは思わなかった。
昼になり、工房の人たちと一緒に併設された工房の食堂へ向かった。
木の扉を開けると、肉の焼ける匂いが鼻を突き、空腹の胃袋が悲鳴をあげる。
運ばれてきた皿の上には、夜食と間違えるほどの大きな肉の塊。
「これが……昼ごはん?」と呟くと、隣のドワーフが笑った。
「ここじゃあ働いた分だけ食わにゃやってられん!」
私も負けじと大口でかぶりついた。
肉汁が溢れ、顎から滴るのも構わず、ただ夢中で食べる。
体の隅々まで力が満ちていくようで、自然と笑みがこぼれた。
昼食を終え、まだお腹に肉の重みを感じながらも、私は再び工房へ戻った。
工房長から午後の予定を聞かされる。
午後の予定は――いよいよエンジンの見学だ。
マナ車の心臓部分。
車体も車輪も重要だが、動力を生み出すこの装置こそが、本体と言っていい。
胸の奥がじんじんと熱くなり、足取りさえ自然と速くなる。
工房の一角、鉄と石で囲まれた特別な区画に案内された。
そこには複数の職人が集まり、慎重に部品を扱っている。
部屋の中央には重たげな鉄の塊が床に根を張るように据えられていた。
四角いボイラーの中で揺らめくのは、炎ではなく青白い光。
マナオイルは、煤も煙も出さず、ただ淡く輝きながら水を瞬く間に湯へと変えていった。
やがて内部で生まれた蒸気が、細い管を伝ってシリンダーに送り込まれ、エンジン全体を震わせる。
真鍮のバルブは光を受けて柔らかく輝き、複雑な配管はまるで血管のように温かな息吹を運ぶ。
まるでエンジンそのものが呼吸しているようだった。
エンジンと繋がれた大きなスポーク車輪は、蒸気の鼓動を受けるたびに静かに震え、今にも地面を蹴って走り出しそうに見える。
「これが……エンジン……」
その名を口にしただけで、震えが走る。
工房の音も、周りのざわめきも遠のいて、私はただ、その鼓動を見つめていた。
「原動機はもちろん、マナ車を扱うには、ルーンを知らなきゃならない」
ひとりのドワーフがそう口を開いた。
「ここがボイラー室だ。”燃せ”のルーンを刻んであってな。一度の発動じゃ火力が足りないから、マナの供給ごとに何度も発動する仕組みになっている。だが、やりすぎればボイラーが吹っ飛ぶ。要はバランスが命だ」
ごつい指が鉄の壁を叩く。
「それから、ボイラー室の左右にタンクがある。うちじゃ左がマナオイル、右が水だ。他の工房じゃ逆もあるが、基本の構造は同じだな。で、このマナオイルタンクには”気化”のルーンを仕込んである。ここでオイルを霧状にして送り込み、水はそのままボイラーに入れるんだ」
――なるほど。
ボイラー室は上下に分かれていて、下で熱エネルギーを生み、上で水を蒸気に変えるのか。
私は思わず身を乗り出した。
「ここからが肝心だ。このエンジンは我が工房の新作でな……見ての通り、煙突がねぇ」
ドワーフは胸を張り、金属の管を指で叩いた。
「なぜ無いかというと――シリンダーを通って排出された蒸気が、この管を通って急冷菅に送られるからだ。名前の通り蒸気を一気に冷やす場所だ。この長くくねっている急冷菅の上には沢山の鉄板が並んでいるだろう?ここで熱を外へと逃がす。
すると蒸気は水に戻り、水タンクへと送り返される仕組みなんだ」
分厚い指先が管の流れをなぞっていく。
「もちろん全部を回収できるわけじゃない。圧力が高すぎると外に逃がす仕組みもある。
それでも水の使用量は従来の数十分の一に抑えられる。どうだ?すごいだろう」
――水を再利用する発想。
だから煙突が無いんだ。
私は思わずごくりと息を飲んだ。目の前の仕組みが、ただの機械ではなく、生きて循環する“生命”のように見えてくる。
熱の流れ、蒸気の行き先、ルーンの働き。すべてが噛み合って、一つの大きな仕組みを形づくっているのだ。
「俺たちルーン職人は、こうして日々、新しい技術の開発に励んでるってわけだ」
私は目の前で稼働するマナエンジンを凝視していた。
――夢に描いたキャンピングカーを実現するには、この仕組みを自分の手で扱えるようにならなければならない。
胸の奥で、確信が芽生える。
けれど同時に理解もする。金属の板や蒸気の力だけでは足りない。
必要なのは――マナを制御し、符号として刻み込む“ルーン”の知識。
あれがなければ、どんな装置もただの塊に過ぎないのだ。
思い切って工房長に尋ねた。
「ルーンは……どこで覚えられるんですか? それに、ルーン職人にはどうやったらなれるんですか?」
工房長は驚いたように目を細め、それから顎髭を撫でて、重みを込めて笑った。
「ふん、先を見ているな。いいだろう、教えてやる」
言葉はゆっくりと、しかし夢を遠くに感じさせる響きを帯びていた。
「ルーン職人になるには、学ばねばならん。馬車で西へ半月――そこに“学術都市シタリア”がある。あの地のルーニクス大学で所定の単位を修めて、ようやくルーン職人を名乗れるんだ」
学術都市――大学――単位。
聞き慣れたようで、この世界では異質な言葉の連なりが胸を打つ。
遠い西の地で、まだ見ぬ知識と人々が私を待っている。
そう思うだけで心がざわめき、足が宙に浮いたような感覚にとらわれた。
「……シタリア……ルーニクス大学……」
呟いたその名は、次なる夢を指し示す灯火となって、胸の奥で鮮やかに燃え上がった。
「どうやって入るんですか?!……入るのって難しいんですか?」
私は思わず身を乗り出した。
工房長は鼻を鳴らし、太い指で机をとんとんと叩いた。
「文字が書け、面接で素質を認められれば誰でも入れる。ただし……金はかかるぞ」
胸の高鳴りが、一瞬にして冷え込む。
「い、いったいどのくらい……?」
「入学金と三年分の授業料を合わせて、八百リウスほどだ」
八百――。
数字の響きに実感が湧かず、私は思わず首をかしげた。
工房長が補足を加える。
「だいたいな、平均的な領都の住人が一年で稼ぐ額の二・五倍ほどだ。生活費とは別に、だぞ。ただし寮は用意されているから、寝床の心配だけは要らんがな」
目を瞬かせた途端、頭の中が真っ白になった。
夢の扉が開いたと思った矢先、その向こうに高い石壁がそびえ立ったようで――胸に重たい影が落ちた。
「……そんなに……」
思わず肩を落とした私に、工房長が豪快に笑った。
「なにをそんなにしょげておる。――だったら、うちで住み込みで働け」
「え……?」
「どうあがいても、大学に入れるのは十四からだ。その様子じゃ、まだ十かそこらだろう?」
私が目を丸くすると、工房長は腕を組み、どっしりと頷いた。
「その間にユリカ、お前の自転車を一緒に改良して売り出せばいい。なぁに、それで金を稼げば、大学になんて何回でも行けるわい!」
一瞬、頭が真っ白になり――次の瞬間、全身に熱が駆け巡った。
「ほんとに……ほんとにいいんですか!?」
「おう。ただし――明日には村へ帰るんだろう? 来月にでもまた来なさい。そのとき改めて話そうじゃないか。できればご両親も連れてな」
抑えきれない歓喜が爆発し、私は思わずその小柄で力強い体に抱きついた。
「ありがとうございます!!」
工房長の胸は分厚く、ひげに染みついた煤と鉄の匂いが鼻をくすぐる。
涙があふれそうになるほど嬉しくて――私は、小躍りしてしまった。
しかし、自転車を生み出したのは私だけれど、完成までこぎつけられたのはリアのおかげだ。
そのことを工房長に正直に伝えると、彼は大きく頷き、
「なら明日、二人で顔を出すといい」
と笑ってくれた。
やがて時は過ぎ、二日目の見学はそこで幕を下ろし、私は胸を熱くしながら工房を後にした。
その夜、宿に戻ると、リアへ今日の出来事を語った。
工房長の言葉、住み込みの誘い、そして来月また訪れる約束――。
リアは最初こそ目を丸くして驚いたが、すぐににっこりと笑った。
「さすがユリカ。話が早いね……でも、いいことを教えてあげる!実は私も、来年から領都の工房に弟子入りすることが決まったの!」
「えっ!? 本当に!?」
私の声がはずみ、次の瞬間、二人で顔を見合わせ、大笑いした。
――夢を追う未来を、共に歩んでいける。
そう思っただけで、胸がいっぱいになった。
その夜、二人で一つのベッドに潜り込み、肩を寄せ合う。
静かな温もりに包まれながら、笑顔のまま眠りについた。
2025.10.5:
・大学の入学を「十四歳」に変更
2025.10.15:
・大学の年数を「三年」に変更
・費用を「八百リウス」に変更
・費用を年収の「二・五倍」に変更




