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Day16:七姉妹工房

翌朝、食堂に降りると、すでにバルドおじさんと兄さんが席についていた。

二人ともやけに顔色がよく、つやつやしている。

……けれど、私はあえて気づかないふりをした。


「おはよう」

とだけ声をかけ、パンとスープを受け取る。


朝食を終え、本当ならその足で、すぐにでもマナ車工房へ向かいたかった。

けれど、その気配を察したバルドおじさんに、ぴしゃりと釘を刺される。


「午前中にいきなり押しかけるのは無作法だ。昼過ぎまで待ってろ」


わかってはいる。わかってはいるのに――胸の奥がそわそわして仕方がない。

部屋に戻ると、窓辺を行ったり来たり、板張りの床をきしませて歩き回った。


「ユリカ、うっとうしい!」


ついに兄に怒鳴られ、私はむくれながらベッドに腰を下ろす。

朝食の後、私とリアの部屋に四人が集まり、これからの予定を話し合っている最中だった。


バルドおじさんは腕を組み、つやつやした顔で告げた。

「素材は買い手がつくまで三日はかかる。その間は毎日、ギルドに顔を出す」


すぐに兄さんが身を乗り出す。

「俺は商業ギルドに一緒に顔を出したあと、バルドさんと近郊の森で素材集めをして、冒険者としての実績を作るんだ!」

胸を張るその顔は、自信に満ち、つやつやしていた。


……おっといけない、ついつい私情が入ってしまった。


リアは対照的に静かで、落ち着いた声だった。

「私は訪ねたい木工工房があるから、しばらくはそっちに行くわ。でも……最終日だけは、ユリカと一緒にマナ車工房へ行きたいな」


そして、私――。

「私は、もちろんマナ車工房に入り浸る!」

思わず力強く言い切っていた。


こうして、それぞれが別々の行動を取ることに決まったのだった。


昼の鐘が鳴り響いたあと、私たちは食堂で軽く腹を満たし、それぞれの目的地へ散っていった。

兄とバルドおじさんは森へ、そして私とリアは工房へ。ついに憧れのマナ車工房へと向かう。


リアとは石畳を抜けたあたりで分かれ、その後大通りをしばらく歩いた先に、その建物はあった。

灰色の石を積み上げた堂々とした造り。扉の上には鉄細工の看板が掲げられていて、そこには「レス・セット・ジェルマネス工房」と刻まれていた。


星をかたどった装飾が周囲に散りばめられ、昼の光を反射してきらめいている。

胸の奥が高鳴り、思わず息をのんだ。


「ここが……」

声が震えるのを自分で笑い飛ばす。


「これ、紹介状なのですが、見学させていただくことはできますか?」


受付で紹介状を差し出すと、中を改められ、少し待つようにと促された。

しばらくして現れたのは――がっしりとした体格の男。いや、確かに人類ではある。だが人間ヒューマンではなかった。


背丈は私と同じくらいなのに、腕は丸太のように太く、胸元まで届くほどの豊かな髭が揺れている。

まぎれもなく、ドワーフだった。


私は思わず目を見開き、心臓が跳ねる。

(ドワーフだ! 本当に髭がお腹まで……ふふふ)

言葉にならない感動が胸を駆け抜け、内心では小躍りしていた。


向こうも驚いたらしい。こんな子どもが来るとは思わなかったのだろう。

だが、ドワーフはすぐに優しい笑みを浮かべ、工房の奥へ案内してくれた。


工房の名「レス・セット・ジェルマネス」は、こちらの言葉で「七姉妹」を意味するという。

「女性が切り盛りしているのか」と尋ねると、首を振られた。

ドワーフの国では古くから、工房には女神が宿ると信じられており、工房名には女性の名を冠するのだそうだ。

この工房も、その習わしに倣っていたのである。


なるほど……そういう由来だったのか。

ただの名前にすら、歴史と信仰が息づいている。

胸の奥が熱くなるのを感じながら、私は工房の奥へと足を踏み入れた。


案内された先は、広々とした工房だった。

中の空気は、鉄と油の匂いが混じり合って重たく漂っている。

マナ灯の光に照らされた作業場では、大きな板金が据えられ、その前に腰を据えた職人たちが槌を握る。


コン、コン、カン――と、鉄を叩く音が一定のリズムで響き渡り、時に高く、時に鈍く反響する。その音が重なり合い、工房全体がひとつの大きな楽器のように鳴り続けていた。


手の感覚だけを頼りに、少しずつ鉄の曲面が形を帯びていく。木型に合わせて、何度も何度も叩き直す。汗が額を流れ落ち、掌に槌の柄が食い込んでも、手を止める者はいない。


外の風は届かず、熱気で霞んだ空気の中、叩き出された車体の曲線がゆっくりと浮かび上がっていく。

その姿は前世とは違い、まだ「大量生産」という言葉とは無縁の、手仕事から生まれる一台の工藝品こうげいひんだった。


そんな工房の奥にいたのは、さらに貫禄のあるひげのドワーフだった。

工房長だと紹介されると、彼はまず私を値踏みするように見た。


「……デモンズの紹介状がなければ、こんな素性の知れぬ娘を入れることなどありえん」


(……棟梁、デモンズっていうんだ)

私は余計なことを考えつつもぐっと息を飲んで、必死に言葉をつないだ。

「私は鍛冶屋の娘です。鉄を打つことなら幼い頃から手伝ってきました。板金は初めてですが、自分で乗り物を作ったり、魚を釣るための疑似餌を叩いて形にしたこともあります」


工房長の眉がぴくりと動いた。

「……自分で乗り物を?」


興味を示したのを見逃さず、私はすぐに説明を始めた。

「はい!それは自転車と言います」


二つの車輪を軸でつなぎ、ハンドルで操り、足で地面を蹴って進む自転車。

走行中の衝撃吸収の工夫、改良の苦労、ゆくゆくは地面を蹴るのではなく、ペダルの動きを革ベルトで歯車に伝え、その力で()()する車。


―――気づけば、工房の音が静まっていた。

ふと周りを見渡すと、板金を叩いていたはずの職人たちが手を止め、私の話に耳を傾けていたのだ。

ごつごつとした指を組み、鋭い眼光をこちらに向ける。

その視線の重さに思わず喉が鳴ったが、それ以上に胸の高鳴りが勝っていた。


工房長はしばし沈黙し、それから深く息を吐いた。

「……面白い。娘…、いやユリカと言ったな。お前の話は、嘘を並べた小娘のそれではない。少なくとも、ものを生み出そうとする者の声だ」


そして短く顎をしゃくる。

「つまり、()()()ってわけだ!」


工房長はニカッと笑い

「特別だ。この工房を見学することを許そう」


その言葉に、私の胸は大きく跳ねた。

夢にまで見たマナ車工房――その奥深くへ、私は今、足を踏み入れれているのだ。


工房の中には、見たこともない工具がずらりと並んでいた。

鉄を切る大きな鋸、金属を曲げるための専用の台、そして――私が一番驚いたのは、火花を散らしながら板金同士をつなぎ合わせる溶接機だった。


「これがあれば……」

思わずつぶやく。

板金同士を直接接合できるなんて、夢みたいだ。

キャンピングカーの外装はもちろん、釣り道具にだって応用できる。

頭の中で次々と可能性が膨らんで、胸が熱くなる。


こうして一日目の見学は終わった。

工房長から「明日も朝から来てよい」と許可をもらい、私は弾む足取りで帰路についた。


帰り道、昼には閉ざされていた一角が、夜の灯に照らされていた。

艶やかに着飾ったお姉さま方が店先に並び、道行く男たちに甘い声をかけ、笑みを浮かべて腕を取る。

そのまま店の奥へと吸い込まれていく姿に、私は思わず眉をひそめた。


(……やっぱり、昨夜バルドおじさんと兄さんが抜け出したのはここか)


男の人って、どうしてこういうことには熱心なんだろう。

くだらないと思う反面、頬がむず痒くなってしまい、私は目を逸らして足を速めた。


通りを抜けると、夜風が頬を撫でていく。

不思議と、さっきまで胸に残っていたざらついた気持ちが、少しずつ薄れていった。

代わりに頭の中を占めたのは、昼間見た工房の光景と、明日への期待だった。


今夜はきっと眠れない。

リアに今日のことを報告するのが、楽しみで仕方なかった。

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