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Day15:信用と繋がり

私たちの一行は、商業ギルドへ向かっていた。


「今回の素材は種類も量も多い。ひとつひとつ確認するには、かなり時間がかかりそうだな……」

荷馬車を引きながら、バルドおじさんが低い声で説明してくれる。


私は頷きながらも、横を走り抜けていくマナ車から目を離せなかった。

白い蒸気を吐き出し、石畳を揺らしながら通り過ぎる姿は、どうしても視線を奪ってしまう。

胸がそわそわして、早く触れてみたい、早く乗ってみたい――そんな気持ちが溢れていた。


「こら」

不意に頬をつままれ、私は声にならない悲鳴を上げた。


「そんなに前に乗り出したら危ないだろ。落ちたらどうするんだ!」

……痛い。


そんな中、兄のマルクがきょろきょろと周囲を見回しながら声を上げた。

「じゃあ俺、先に冒険者ギルドに寄ってくる! 後で商業ギルドで合流しよう」


頬は興奮でほんのり赤く、瞳はきらきらと輝いている。

前から「冒険者になるんだ!」と繰り返していた姿が頭に浮かんだ。


(……兄さん、本気だったんだ)


「おう、気をつけてな」

バルドおじさんの声に、マルクは力いっぱい手を振り、人混みの中へと溶けていった。


――――――――


私たちは商業ギルドへと到着した。

重厚な扉をくぐると、そこはまるで役所のような雰囲気だった。


正面には複数の窓口がずらりと並び、奥では大勢の職員が山のような書類と格闘している。

待合用の椅子も長く続いていて、混雑する時間帯には札を配って順番を整理するのだとか。


壁には「料金改定のお知らせ」「偽造印への注意」といった貼り紙が目につき、棚には各種申請用紙が整然と並んでいる。


紙が惜しみなく使われている光景に、私は思わず感心する。

村では一枚の紙を大事に回して使うことも多いのに、ここでは山積みにされていた。――さすがは商業ギルドだ。


入口で手続きを受けるため、バルドおじさんが腰の袋から金属のプレートを取り出し、提示した。

それを見た受付の職員が、丁寧に頭を下げた。


「バルド貿易社様ですね。お待ちしておりました」


「バルド貿易社……?!」

思わず声が漏れる。


「バルドさんって、代表だったの?!」

横を見ると、リアが目を丸くしていた。


村長の使いっ走りか、荷馬車の運転手くらいにしか思っていなかった。


バルドおじさんは苦笑して肩をすくめた。


「別に隠していたわけじゃないさ。ただ、言うほどのことでもないだろう?」


「てっきり……ちょっとした御用聞きかと思ってたよ」

思わず口を滑らせる。


「こら! お前なぁ!」


おじさんは冗談めかして眉を吊り上げ、私の額を軽く小突いた。

その仕草が余計におかしくて、リアと顔を見合わせて笑ってしまった。


裏につけた馬車から荷を下ろし、取り残しや忘れ物がないかを一つひとつ確かめていく。

棟梁の知り合いたちは領都かその近郊に暮らしているらしく、バルドおじさんから報酬を受け取ると、それぞれ笑顔で帰っていった。


私は深く頭を下げてお礼を告げ、名残惜しくも彼らを見送った。


やがてギルド内への運び込みも済み、確認作業が終わるまでのひととき、バルドおじさんが腰を下ろしながら、商業ギルドの仕組みについて語ってくれる。


「ここでの一番の役割は“信用”と“繋がり”だ」

バルドおじさんは、低い声で語り始めた。


「入口で提示した社章――あれはただの飾りじゃない。ギルド員である証であり、統一されたルールの下で公平な取引を保証する誓いでもある。だから、不正を働けばその社章は剥奪され、二度とまともな取引はできなくなる」


私は胸の奥で息を呑んだ。


「もちろん、ギルドに属さず商売することも可能だ。だが、それはせいぜい個人相手に細々と物を売るくらいなもので、村の市や路地の露店の様な規模だな」

(……私の家も、その規模だ)自然と心の中で置き換えた。


バルドおじさんは私の顔を見て、にやりと笑った。

「だがギルド員は違う。商会同士で卸し、大きな取引を成立させることができる。まさに“繋がり”を広げる場が、この商業ギルドなんだ。

今回も、フォルミーガ・グランの素材を一括で売却するためにここへ来ている。あれだけの量、個人で売りさばけるはずがないだろう?」


私とリアは顔を見合わせ、静かにうなずいた。


「単価は多少下がるかもしれんが、まとめて引き受ける買い手をギルドが仲介してくれる。それが何より安心なんだ」


バルドおじさんは顎に手を当てて少し間を置くと、穏やかに続けた。

「四日もあれば買い手がついて、代金も手に入るだろう。その間に――例のマナ車工房を訪ねてみるか」


――――――――


素材の確認が終わるころ、冒険者ギルドに行っていた兄のマルクが戻ってきた。

「ごめん、待たせたな!」


そう言って笑う顔には、いくつもの擦り傷と赤く腫れた額の横。手足もところどころ血がにじみ、布がほつれている。


「兄さん! どうしたの?!」

思わず駆け寄ると、彼は胸を張り、懐から社章を取り出した。


……いや、それはバルドおじさんのものとは少し形が違う。


「へへっ、冒険者になったんだ」

誇らしげに見せていたのは冒険者章だった。


どうやら冒険者ギルドで登録試験を受け、その場で合格をもぎ取ったらしい。

額の腫れや切り傷は、その試験の代償だろう。


「成人前に合格するとな、箔が付くんだぜ!」

鼻を鳴らして胸を張る姿は、もう立派な冒険者そのものだった。


ほっと胸を撫で下ろした私は、自然と笑みをこぼす。

「そうなんだ……。兄さん、お疲れ様」


そう言って差し出した手を、そっと握る。

傷だらけの感触が伝わってきて、胸が締めつけられるように熱くなる。

気づけば、そのまま抱きしめていた。


――――――――


そのまま一行は今日の宿へ向かうことになった。

バルドおじさんお気に入りだという宿は、石畳の裏通りに建つ五階建ての建物で、外見は質素だったけれど、料理が美味しいと評判なのだと聞かされた。


通されたのは四階の部屋で、窓からは領都の屋根並みが一望できる。

瓦屋根がどこまでも連なり、遠くには大聖堂の尖塔や青くかすむ城壁まで見渡せた。


「わぁ、見てリア! 屋根がぎっしりだよ!」


「すごいね、ほんとに街が全部見える!」


二人で窓に張りつき、手を取り合って跳ねるように喜び、旅の疲れも忘れて景色に心を奪われてしまう。


部屋割りは「私とリア」「バルドおじさんと兄さん」男女で部屋を分けてくれたようだ。


夕食は四人でひとつのテーブルに着き、湯気を立てるシチューと焼きたてのパンをいただいた。

村で口にするよりも香り豊かで、思わずおかわりしてしまう。


バルドおじさんと兄さんは葡萄酒にチーズやベーコンまで頼み、成人前に冒険者になった祝いが始まった。


「すごいぞ、マルク! 成人前に冒険者になれる奴なんて、一握りだからな」

上機嫌に笑う二人を見て、私まで胸が誇らしくなる。


食堂の片隅では吟遊詩人がリュートをつま弾き、甘やかな恋の歌をうたっていた。

周囲の男たちは杯を掲げて笑い合い、女たちはうっとりと耳を傾ける。

暖かな灯りと音楽、そして漂う香ばしい匂いが溶け合い、部屋全体を心地よい幸福感で包み込んでいた。


夕食を終え、湯浴みで旅の疲れを洗い流したあと、私は窓辺に立っていた。


大通りには整然と並んだマナ灯が淡い光をともしている。夜の街はまるで地上に広がる星空のように輝き、初めて見る領都の夜景に胸の奥がじんわりと熱を帯びた。

夜風も村で浴びるより不思議と心地よく、世界そのものが私を祝福しているように思えた。


――そうだ、今は私が物語の主人公だ。

この世界の中心に立っているのは、間違いなく私なのだ。


そのときだった。

隣室から抜け出した男性陣のひそひそ声が漏れてきた。


「……に可愛い子がいるってよ……」

「……はサービスがいいってよ……」


酒の匂いに混じって、軽薄な笑い声が夜気を割る。


せっかく最高潮まで舞い上がっていた気分が……。


「ほんと、男ってしょうもない」

心の中で吐き捨てると、私は布団に潜り込んだ。


煌めく夜景も、今はただのぼんやりした光に見えた。

主人公の気分をぶち壊されたまま、私は静かに眠りへ落ちていった。

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