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Day12:轍の先に見たもの

翌日になっても、村はフォルミーガ・グランの解体騒ぎで大賑わいだった。

朝早くから「もっと水を持ってこい!」「丁寧に剥がせ!」と怒鳴り声や指示が飛び交い、まるで祭りのような熱気に包まれている。

家の中にいても、外の喧騒が壁越しに響いてきた。


父さんは夜明けと同時に作業へ駆り出され、帰ってこない。

兄さんはというと、鼻をふくらませて目を輝かせ、弟のスイートに語っていた。


「魔物ってのはカッコいいんだぞ?! 俺は冒険者になって世界中の魔物を狩るんだ!」


「にぃに、魔物カッコいいのに狩っちゃうの?」


「……それはだなぁ……」


「冒険者?」

初めて聞く言葉に私は耳を傾ける。兄さんの口から次々と飛び出す話――魔物を狩り、各地を巡る職業――。

そんな生き方があるのかと驚かされる。


母さんは、そんな騒ぎの中で私の肩を軽く抱いて「怖かっただろう」と気遣ってくれた。

私の胸の内の不安を見透かしたような優しい声に、少しだけ心が安らいだ。


午後、リアに誘われて解体現場へ向かった。

昨夜、そこに横たわっていた巨大な蟻の姿はもうなく、すでに分解されて素材に変わっていた。

黒光りする外骨格の大板や、太い脚の節がきれいに切り分けられ、村の男たちがそれを掛け声と共に納屋へ運び込んでいる。


「ユリカ?」

汗だくの父さんが、素材の山を積んだ縄車の上から声をかけてきた。


「お父さん何してるの?素材は領都に売りに行くんじゃないの?」


「そうなんだが、弓の弦の加工には時間がかかるんだ。全部用意してから()()()()領都へ売りに行く話になったから、それまで一旦納屋に収めているだよ」


私は荷物の量を見て首をかしげた。

「でも……村の馬車じゃ積みきれないよね。大きいのはバルドおじさんのだけでしょ?全部まとめて持って行けるの?」


父さんは笑って答えた。

「その心配は要らん。棟梁……リアンナのお父さんの伝手で馬車を数台調達できそうなんだ。さっきちょうどバルドがその交渉のために領都へ向かったところだぞ」


それから三週間ほどが過ぎた。

ある日の昼下がり、馬の嘶きと共に、バルドおじさんが数台の馬車を連れて帰還した。


広場には、事前に納屋から運び出されたフォルミーガ・グランの素材が山のように積まれていた。

そこへ数台の馬車が並び、荷車の大きな車輪は地面に少し沈み込んでいる。

馬たちは鼻を鳴らし、ブルブルと顔を振りながら、落ち着かない様子で蹄を踏み鳴らしていた。

村の男たちに交じり、私とリアも積み込みの列に加わった。


私たちはバルドおじさんの指示に従い、素材を次々と運び込んでいった。

縄でひとまとめにするものもあれば、桶や樽に収めるものもある。

作業が一段落し、荷がすべて収まったとき――私はふと、あることに気がついた。


荷台や幌の装飾は馬車ごとに違っている。古めかしい木彫りの装飾を持つものもあれば、質素な鉄金具で固められたものもある。

だが、不思議なことに、車台の部分――とりわけ車輪の幅や軸の間隔が、どれも同じに見えたのだ。


私は隣にいたリアに話しかけた。

「ねえ、リアのお父さんの知り合いの馬車、みんな同じような大きさだけど揃えてるのかな?……あれ?でも……、バルドおじさんのも。……同じところで買ったのかな?」


リアは不思議そうに首を傾げ、それから「あ~」と手を叩いた。

「ユリカは知らないか。馬車の車台は皆同じ車輪幅で作られるんだよ。

この前行った水車小屋までの道にもわだちがあったでしょ? 二本線が平行に走ってたやつ。

あれはね、何度も馬車が行き来して出来たものなんだけど、規格を統一しないと綺麗な轍ができないし、馬車やマナシャが素早く進めないんだって。

私の家にある荷台も、長さは少し短いけど同じ規格なんだよ」


「ふーん…………マナシャって?」

思わず口にすると、リアは得意げに鼻を鳴らした。


「ユリカは天才なのに、何も知らないんだから」


「……村から出たことなくて悪かったわね」

私がむっと返すと、リアはニヤニヤしながら肩をすくめて続けた。


「マナシャっていうのはね、()()()()()()とは違って、()()()()()()使()()()()()()()のことなんだ。……馬で引かないから、馬車じゃなくて……シャ? まあ、そんな感じのやつ。

御者さんは手綱じゃなくて舵柱を回して方向を決めるんだよ。”燃せ”のルーンで湯を沸かして、その蒸気で走るらしいけど……仕組みは、私もよくわかんない。

速度は馬車よりずっと早いんだけど、そのぶん衝撃も強いから、まだ舗装された街道じゃないと走れないんだって。領都まで行かないと、まず見ることもできない乗り物なんだよ」


私は衝撃を受けた。

リアが言っている”マナシャ”は()()()である。この世界には、車がある。

リアはそう、はっきりと言ったのだ。


心臓が早鐘のように鳴り、頭の奥で火花が散る。

今まで必死に抑えてきた、キャンピングカーへの憧れと情熱。

その蓋が一気に吹き飛び、全身を熱が駆け巡った。


息が詰まり、視界が揺れる。

私は頭がくらくらして、その場にへたり込んでしまった。


「ユリカ? 大丈夫?! ユリカ? ユリカ?!」

リアの声が遠くなっていく。


私は領都へ行く決意を固めながら、ゆっくりと沈む意識の中でかすかに笑った。

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