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Day10:夕陽に笑う二人、蹴り出す一歩(後編)

一週間が過ぎ、脂はすっかり木に馴染んでいた。

触れても手に付かず、艶の下に木目が浮かんでいる。

ようやく作業を再開できる。


今日はサドル作成を進めることにした。


上桁の撓む区間に革ベルトを左右へ二本渡し、前後を小さな鉄ピンで留めて巻き返して土台とする。

革のたるみは木の楔を締めたり緩めたりして微調整できるよう工夫した。


その上には編んだ藁縄のメッシュを敷き、さらに薄いトネリコ材の板を四隅だけで受けて浮かせる。

板を全面で固定せず、藁と革に荷重を分散させて衝撃を逃がす仕組みなのだとか。


――現代でいうなら、車や自転車のシートに使われる「バネ+クッション」のような役割だ。


リアンナがくすっと笑う。

「屋根裏の足場と同じだ」


縦の衝撃はこれで流せるようで、次は――ねじれの対策に入る。


どうやら二つの三角を組んだだけの今の形では、横の力で枠が歪んでしまらしい。


「車輪の轂どうしを横材でつなげばいいと思うの。建物で言えば梁の役割。歪みを防ぐだけじゃなくて、揺れも軽くできるはずだよ」


要は、二つ並んだ逆三角形の下端どうしを一本の横木で結び、もうひとつ新たな三角形を作ることで強度を増そうというのだ。

形にすれば、ちょうど「▽△▽」のような姿となる。


私がうなずくと、リアンナはまず前輪を外し、フォークに通しほぞの穴を穿った。

光が抜けるほど綺麗に貫通した穴に合わせ、横材へもほぞを刻む。

次の瞬間、彼女は鑿を叩き入れた。


「リアンナちゃん!どうしたの?!」


「まぁまぁ、そう焦らないで。これを……こうと」


驚いた私にリアンナは得意そうに言うと、割れたほぞを通しほぞに差し込んでいく。

飛び出した部分を側面に合わせ綺麗に切り落とし、割れ目に木釘を打ちつけた。

すると割れが広がって穴の中で木が膨らみ、ぴたりと固定される。


「どう?これならもう抜けないよ」

最後に余った木釘を切って鑢がけし、見事な接合が完成した。


同じ手順で後輪側にも横材を組み込み、最後に車輪を戻す。

水平に美しく伸びる梁が加わったことで、フレームはぐっと安定感を増していた。


仮の車体を地面に据え、いよいよ荷重テストだ。

私が片膝で上桁を押さえると、リアが横からぐっと力をかける。


ギシ、と木が鳴った。二人で顔を見合わせ、音のした継ぎ目を探す。

リアンナは「ここ、擦れてる」と指で示し、蜜蝋に煤を混ぜて塗り込む。


革ベルトは一穴分きつく締め直し、藁のメッシュも中央の束を入れ替える。


「ほら、これで沈み込みが均等になるでしょ」


彼女の声にうなずきながら、再び荷重をかける。


軋みは弱まり、代わりに確かな手応えが返ってきた。

試作機が、少しずつ本物へ近づいている――そう実感できた瞬間だった。


「乗ってみて」


リアンナの声に背を押され、私はまたがった。裏庭の地面を蹴り、車体を前へ進める。

最初の段差に差しかかる。

かつてなら腰を突き上げられたはずの衝撃は、座面の下へと吸い込まれた。

革が張力で受け、藁縄の層が衝撃を散らす。その上で上桁がわずかに撓み、全体で力を逃がしてくれている。

腕に残っていた痺れは、たしかに薄れていた。


「……痛くない…。痛くないよ!リアンナちゃん!」


もう一度、段差の上を通して衝撃を確かめた。

戻ると、リアンナが目を輝かせてこちらを見ていた。


「次、私!」


彼女は足で強く地面を蹴り、勢いよく二周。

私は笑みを浮かべながら声をかける。


「座面はどう? まだ少し硬い?」


「ううん、座面というより、撓みがもう少し欲しいかな。あと半穴、革を緩めた方がいいかも」


締め金を戻し、半穴だけ緩めた。ついでに藁メッシュの中央束を一本抜いて端へ移す。

交互に乗り合い、段差を試し、揺れを確かめるたびに、二人の顔には達成感が広がっていった。

最後に私が段差を連続で踏むと、手首や腰に響いていた痛みが和らいでいるのを確かめられた。

胸の奥から、自然と「よし」と声が漏れる。


……本来なら小躍りをする所だが、隣にリアンナがいる今は、なんだか少し気恥ずかしく、不思議と体が大人しくなる。


リアンナが座面を軽く叩き、誇らしげに言った。

「これなら()()()って呼べるね。ところで、これってなんていう名前なの?」


「これは()()()って言うんだ。自分で回転する車」


「自転車かぁ……すごい発明だね!」


「そんなことないよ。完成したのはリアンナちゃんのおかげ。最初の状態、ひどかったでしょ?」

夕陽が差し込む中、二人で笑い合う。


「ねえ、私のこと、()()でいいよ」


私は少し目を瞬かせてから頷いた。

「……うん。じゃあ、私のことも、()()()で」


勝手口横の腰掛けに置かれていた湯気立つ茶椀を手に取り、口をつける。

ドクダータ茶の甘みが舌に広がり、私の胸に、じんわりと温かさが広がった。


それがお茶のせいなのか、隣にいる()のせいなのかはわからない。

ただ確かに、この胸の奥に、じんわりと温かさが広がっていた。


この世界に来てから、ずっと一人で工夫し、一人で悩み続けてきた。

けれど今、ようやく「友達」と呼べる存在ができたのだと実感する。


新しい季節の訪れとともに、新しい幕が上がろうとしている――そんな予感に満たされた一瞬だった。

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