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Day10:夕陽に笑う二人、蹴り出す一歩(前編)

今年も冬の寒さが村を包み始めていた。

吐く息は白く、朝の土道には霜が薄く降りている。


そんな中、大工一家は相変わらず忙しそうに働いていた。

本来なら移住は春の予定だったが、修理範囲を聞いた棟梁が首を振り、こう告げたのだ。


「このままでは冬を越せん」


その判断で、一家ごと冬を前にやって来たのだという。

父さんはその話を聞き、「気骨のある立派な人だ」と感心していた。


棟梁が忙しいのはもちろんだが、子どもたちや弟子たちもまた、道具を抱えて村じゅうを駆け回っていた。

柱を運び、木屑を掃き、手元を務める。


その中に――一人、女の子がいた。


年頃は私と同じくらい。あの時、村のはずれで見かけた女の子だ。


彼女の名前はリアンナ。

髪をお兄さんと同じくらいに短く切りそろえ、利発そうな目が印象的な子だった。

小さな身体で、重そうな板を兄と一緒に抱えて歩く姿に、不思議と力強さを感じた。


大工一家の活躍で、うちも忙しさを増していった。

ヒンジ、釘、補強に使う鉄板――次から次へと注文が舞い込む。

私も炉の前に立ち、黙々と鉄を打ち続けた。


そんな日々の中、私は何度かリアンナと顔を合わせるようになった。

村の広場で資材を運んでいるとき、道具を受け渡すとき、ふとした合間に言葉を交わす。


リアンナは棟梁の娘であり、幼いころから兄と一緒に木材や建築の知識を叩きこまれてきたらしい。

父を尊敬し、現場まで付いていき、そこで育ったようなものだと本人は笑って話してくれた。

ここ二年ほどは本格的に現場で手伝いをしているという。


仕事の手際は見事なもので、年齢を忘れるほどしっかりしている。

それでも時折見せる笑顔は、同じ年頃の女の子らしいあどけなさを残していた。


リアンナたちの働きで修理は順調に進み、この冬を村は無事に越すことができた。


春の陽気も深まったある日。

私とリアンナは、最後に修理をした薬草屋に置きっぱなしになっていた道具や木材を、二人で運んでいた。


通りから一本外れ、裏庭から工房へ入った時だった。

隅に立てかけていた私の()()試作機に、リアンナの目が止まる。


「……それ、なに?」


「これ?これは一人用の乗り物を試作してみたんだけど……」

あの日以来放り出していたので、少し恥ずかしい。


リアンナは板を軽く叩き、前と後ろの取り付けを一通り眺めてから、首をかしげた。


「これ……、棒をただ渡してるだけだから、これだと真ん中の部分に力がかかっちゃって、折れるかも。筋交いってわかる?建物の壁に木材を斜めに入れるでしょ。あれで建物にかかる力を分散してるんだけど、これも同じにできそうじゃない?」


リアンナはしゃがみ込んで、裏庭の土に横から見た図を、さっと描いた。

前輪側にひとつの三角、後輪側にひとつの三角。横から見ると、三角が二つ並ぶ。


「両輪の(こしき)(ハブ)から、挟むように一本ずつ支柱を伸ばしてるけど、轂から出る支柱を()()でに分けて、この上桁(うわげた)(トップチューブ)に、ほぞで受ける」


「ほぞで受ける?」


「あー、ごめんね。

()()()()()()っていうのはね、木の端を突起状に加工して、それに合わせた受け口を作って差し込む方法のことなんだ。この仕組みだと、釘や金具で止めるよりも強度が増して、丈夫に仕上がるんだよ」

リアンナは嬉しそうに説明してくれる。


「前の部分は……舵柱 (ハンドル)かな?舵柱と上桁で三角を作って、後ろは上桁と後輪の二股で三角。

三角を二つ並べる形にすれば、力もだいぶ分散されると思うんだ」


さすが棟梁の娘だけあって、説得力がある。

指摘も的確で、問題点がすっと腑に落ちた。今後の参考にさせてもらおう。


お礼を言おうと口を開き、「ありが……」まで言ったところで、

「もしよかったら、今から家に来ない?これ改良しようよ!」

と、先に誘われてしまった。


それは願ったり叶ったりだ。私は自転車を押しながら、リアンナの家へと足を運んだ。


まずは、木材の選別と()()の取り出しから進めることにした。

裏に積んであるトネリコの束から、しなりの出そうな材を選び出す。


「上桁は細めでいいか……」

リアンナは鉋で背を通し、節の向きを外すように削っていった。


フォークに使う木材は、根元を太めに残し、先を割って二股にする前提で墨付けする。

割り口は、あとで焼き入れで黒く仕上がった鉄バンドで締めるつもりだ。


横から見た()()()()()が狂わないように、舵柱―上桁―後受けの三点を基準点にしてほぞ穴の位置を決める。


「ここ、直角じゃなくて少し振れさせて」

とリアンナが角度を指で示す。


「梁は真っすぐより、わずかに開いた三角にした方が力が逃げるの」


リアンナは(のみ)を構え、印に沿ってほぞ穴を穿つ。

込み栓の穴だけは先に細く通しておき、鉄釘は仕上げの補助として最後に打つつもりらしい。


気がつけば、すでに夜が更けていた。

楽しい時間はあっという間に過ぎる――誰の言葉だっただろう。


作業はそこで切り上げ、続きは日を改めて行うことにした。


そして数日後の朝。

私は再びリアンナの家を訪れ、作業を再開した。


まず、前輪のフォークを二股に割ったあと、それぞれを上桁のほぞに上向きで差し込む。

後ろも同じで、後輪の受けから斜め材を伸ばし、上桁に差し込んだ。


横から眺めると、前も後ろも三角形が並ぶ形になる。

私は、用意してきた鉄バンドで二股の根元を締め、さらに麻縄を追い巻きして楔で止めた。

その上から生皮の短帯を水で湿らせて巻きつける。乾けば縮んで、より強固に効くはずだ。


リアンナは全体を眺め、指先で()()()()()()()()を示した。


「上桁はここを細くして、こっちは太く残す。こうして(たわ)む区間を作らないと、力が加わった時に、上桁が割れたりしちゃうと思うんだ」


指摘に従い、上桁の中央を幅一分だけ落とし、前後には肉厚を残す。

最後に鉋目を消すため、獣脂をすり込んで仕上げた。


「ふぅ……」一息ついた私の前に、リアンナがお茶を差し出してくれた。

思わず身を引いたが、高価なものではなく、庭にも生えるドクダータを乾燥させ、軽く炒ったものだという。


確かにドクダータなら身近だが、独特の強い香りがあり、ランナーを伸ばして広がる性質もあって嫌う人も多い。

私もその一人だった。


けれど、リアンナが淹れてくれたお茶は違った。

鼻を刺す匂いはなく、ほんのり甘い香りが立ちのぼり、心地よくあたりを包んでいる。

口に含むと、意外なほどまろやかで、とても美味しかった。


なんでもドクダータ茶には、心を落ち着け、のどの痛みや冷えをやわらげ、疲労回復にも効くのだという。

私は思わず目を丸くした。


ひと息ついて気力も戻り、自転車へ歩み寄ったところで、

「しっかり乾くまでは脂が手に着くから、気をつけて」

とリアンナの声が飛んできた。


どうやら完全に乾くまでには一週間ほどかかるらしい。

それまでは作業を進められず、お預けとなった。

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