Day9:廻る歯車(後編)
夕刻、工房の隅で革の切れ端を指先でいじりながら考えていた。
衝撃を吸収するゴムは手に入らない。
ならば――諦めるか。あるいは別の工夫で前へ進む他なかった。
だからといって、すぐ答えが出るわけでもない。
ひとまず駆動部分の試作に取りかかることにした。
以前作った歯車は、歯の間隔が揃っておらず、とても使えない。
そこで、歯車を回すためのチェーンを思い浮かべた。
同じ部品が規則正しく並び、歯と噛み合って連動する。
つまり、歯車もチェーンと同じ間隔で歯を作らなければならない。
歯車はまだいい。仕組みは単純で、規則正しい歯の入れ方も、すでに検討が付いている。
けれどチェーンは違う。形すら鮮明には思い浮かばない。
なんとなく思い描けるのは、二枚のひょうたん型のプレートでジョイントパーツを挟み、それを連ねる形。
……それであっているのか?私にはわからない。
そもそも、鋳造では強度が足りず、鍛造では同じ形を揃えられないだろう。――そこが行き止まりだった。
途方に暮れかけたとき、ふと記憶がよみがえった。
――キャンピングバスのサブエンジンが、タイミングベルトで発電機を回していたのを思い出す。
確か、あれはゴム製のベルトだった。
けれどゴムの高さは、今朝、身をもって思い知らされたばかりだった。
「……ん~、ゴムがダメなら……」
そこでボビンワインダーを思い出す。
「……革紐?……でも、きっと滑るし……」
革紐では細すぎて摩擦が足りず、リールの時の様に滑ってしまうだろう。
そもそも、タイミングベルトの内側は、歯車を回すため等間隔で歯が付いている。
ゴムなら溶かして流し入れるのだろうが、革でそれは望めない。
そんなとき、工房の片隅に置いたヒンジに目が留まった。
ヒンジの中央は少し盛り上がっていて、タイミングベルトの歯に使えそうに思えた。
……これを連ねていけば、タイミングベルトになるんじゃないか?
試しに並べてみる。
ずらりと続いた姿は、いつか見た蛇骨みたいで――まさにベルトそのものに見えた。
問題は、どう繋ぐかだ。
ヒンジ同士を直結すれば強度はあるけど、固まって曲がらない。
逆に遊びを残せば、今度はすぐに切れてしまうだろう。
――じゃあどうする?
遊びを残しつつも強度を上げる必要がある。
いっそのこと、ヒンジ同士を直接つなぐんじゃなくて……。
何か土台となるものにヒンジを取り付ければいいんじゃないか?
……革紐じゃ細すぎて話にならない。
でも革ベルトならどうだろう。
ヒンジを縫い付けて少し隙間を空ければ折り曲がり、ちゃんとベルトとして動くはずだ。
それに革なら耐久性もある――きっと使える。
けれど実際にあてがってみると、ヒンジの羽が邪魔になる。
羽には穴があって、普段はそこに釘やネジを通して固定する。
でも羽がなければ穴は作れず、羽があれば歯の間隔が広がりすぎる。
考えを巡らせていると、父さんの声がした。
「今、大丈夫か? 水車小屋の鉄製ピンなんだが、明日持って行くから、お前が作った分も重ねておいてくれ」
そう言って母屋に戻っていった。
……鉄製ピン。
水車小屋の歯車に使う、あの半月のピン。鍛造を任された仕事のひとつだ。
その形を眼にした瞬間、胸の奥が熱くなる。
――これをベルトに取り付けられれば……!
――――数日後。
父さんの手伝いの合間に、私はタイミングベルト用の歯を作り始めていた。
まずはサイズ。ベルトに並べるため、小さくする必要がある。
次に素材。鉄は融点が高く、鍛造しか手がない。これでは形を揃えられない。
ならば鋳造で量産できる青銅がいい。
青銅なら雨風にも強く、加工も比較的容易だ。
私はまず、原型となる木を削り、半月型に整えた。
仕上げの鑢掛けは特に丁寧にする。ここでざらつきが残れば、すべての歯が同じように荒れてしまう。
だから最後に念のため、蝋で薄くコーティングして、表面をなめらかに仕上げた。
完成した原型を砂型に押し当て、溝を刻む。そこへ溶かした青銅を流し込み、
冷えて固まれば砂を割り、歯を取り出す。
また原型を押し当て、青銅を流し込む。
その作業をいく度も繰り返した。
次に、半月の平たい面にネジ穴を刻んだ。
ネジそのものは父さんが規格を管理していて、N6番を使う。
穴にはN6番用のドリルで溝を切り込んでいった。
――――これが中々に難しい。
歯の中心を取り、ズレないように挟み台(万力)で固定し、ゆっくりとネジ穴を作っていく。
ここまでの作業で五日ほど消費した。
歯の準備が終わると、次は革ベルトだ。
パンチで等間隔に穴をあけ、ネジを通す位置を揃えていく。
穴が並んだら、ひとつずつ歯を取り付けていく。
金属の列が革に沿って並ぶと、ようやく形が見えてきた。
最後にベルトの端同士を合わせ、ジョイント用のプレートで噛ませる。
――こうして、タイミングベルトが完成した。
続いて、私は歯車の作成に取りかかった。まずは大きい方の歯車から考える。
直径はおよそ130mmくらいにしたいと考え、
タイミングベルトのピッチは10mmで、計算すると必要な歯数は四十となった。
今回はギア比を2:1にしたい。
なので、小さい方の歯車は二十歯になり、直径はおよそ64mmとなる。
それぞれの原型を木で削り出し、寸法を確かめてから、同じく青銅で鋳造を行った。
完成した歯車を支柱に設置し、その間をタイミングベルトで繋いでみる。
ベルトは一度ジョイントプレートを外し、長さを合わせてから繋ぎ直した。
作業台の上に置かれた二つの歯車。その間を、革のベルトが張りつめて渡っていた。
ベルトは緩みなく弧を描き、まるで夜空に架かる弓のように、静かな緊張感を宿している。
歯と歯に嚙み合わされた半月の列は、規則正しく光を反射しながら、機能美を放っていた。
私は試しに、大きい方の歯車に手をかけて回した。
歯が規則正しくベルトを押し出し、ベルトは滑らかに流れていく。
押し出されたベルトは小さい歯車が噛み、今度は逆にそれを押し戻す。
その結果――大きい歯車が一回転するごとに、小さい歯車はきっちり二回転していた。
「……動いた」
その一言が、すべてだった。
胸の奥から、笑いとも涙ともつかない声が漏れた。
さすがに今日はクタクタだったけれど、興奮が冷めず、そのまま外へ散歩に出た。
薄暗い空には冬の気配がまじり、冷たい風が頬を撫でる。
村のはずれへ歩いていくと、空き家の前にバルドおじさんの馬車が止まっていた。
どうやら大工一家を連れて戻ってきたところらしい。
冬を前にした移住者を囲み、村人たちが、にぎやかに迎えている。
その輪の中心に――私と同い年くらいの女の子が立っていた。




