Day0:プロローグ~異世界転生~
「きゃっはぁ〜!ゼル520の新型だ!カッコよすぎ!」
ユリカは先日発売された【ベスト!キャンピングカー:2026】を抱きしめ、部屋で悶えていた。
「……でも、街乗りには向かないって聞くしなぁ。普段使い考えるとライトキャブコンか……軽キャブ? いや、マルチルームは外せないんだよなぁ」
雑誌を胸の上に置いたまま、ふと視線を横にずらす。
本棚にはここ五年分の【ベスト!キャンピングカー】のバックナンバー。
【解説・エンジンの仕組み】【おしゃれな釣り&飯】【缶詰でつくるキャンプ飯】【自作ルアー入門】……。
どう見ても女子大生の部屋とは思えないラインナップが並んでいた。
――――――
大学四年生になっても就活をしていない。
そのことは、親からも、友人からも、もう耳にタコができるくらい言われた。
「ユリカ、本当にどうするの? 卒業したら」
友人朋美の声が脳裏にちらつく。
(朋美だって、ついこの間まで一緒に遊び回ってたのに……。気づいたら就職先決めて、インターンまで行ってるなんて!)
でも、その時の私はただ笑って流すしかなかった。
――――――
(――――どうするって? キャンピングカーを買って旅に出かけますけど?!)
周りがパーカーからリクルートスーツに着替えていく中、置いていかれるような焦りはある。
遊びにしか見えないことをしてる自覚もある。
でも、それでも――ユリカは「今」を優先したかったし、将来その経験が有利に働くような仕事をすると心に決めていた。
「キャンピングカーで旅して、そこでの出会い(魚!)・景色・グルメを堪能して……。最終的には世界に行くんだから! イギリスまで行っちゃうんだから! そしてその様子をMyTubeに上げて百万再生連発……ムフフ」
……いや、ただの楽観主義である。
――――翌日
電車に揺られながら、膝の上のリュックをぎゅっと抱えた。
座席の横では、カバーに入れた折りたたみ自転車が小さくカタカタ鳴っている。
今日は登山道を一時間ほど上った先にある河原まで行き、夕方まで釣りをする予定だ。
駅から登山道の入り口までは自転車で十五分ほど。
歩けなくはないが、登山道が往復二時間だと考えると自転車は必須だった。
(前回あそこに行ったときは丸々太ったアマゴが釣れたんだよなぁ。めっちゃ美味しかった……!それに、この 新調した4.5ftの先調子ロッド! 使うの楽しみすぎ!)
ユリカがロッドケースを撫でた瞬間、視界が暗転した。
(……ロッド……振りたかった……)
最後にそう思ったところで、意識は途切れた。
――――
「……カさん。……リカさん。ユリカさん!」
「はっ!? 乗り過ごした?! いったぁ!!!」
ゴチン! 勢いよく上体を起こしたユリカの額が何かとぶつかった。
「――っててて……大丈夫ですか?」
目の前には、額を押さえながらもやさしい笑みを浮かべる、聖女のような女性がいた。
「あっ!すみませんすみません!私ぶつかっちゃって!あの・・・大丈夫ですか?それと・・・ここはどこです?」
あたりを見回すと、どうやら電車の中ではないようだ。
しかし、それ以上を理解するには情報が少なすぎる光景が広がっていた。
あたり一面、赤とも黒とも言えない空間にユリカは浮かんでいた。
「ユリカさん、今世お疲れさまでした。これから十月十日ほど、この空間にて身体の再構築と、今世の記憶や技術を来世の本能や遺伝として定着させます」
「……へ?」
「また、来世の世界では地球には存在していなかったマナが存在しますので、マナの処理器官は新構築されます。――何かご質問はありますか?」
ユリカはすかさず。
「ここはどこです?」
「ここは来世を始めるための待機空間。一般的には子宮と言われる母体の体内にあたります。
ここであなたには十月十日ほど、身体の再構築と・・・・」
「わりました!そこはもうわかりましたから!つまり転生ってこと?地球じゃ・・・ない?」
「はい。その通りです。あなたは十月十日後、エウロという惑星のアシーラ大陸最東端、ハイジャン村にて生を受けます」
そう説明をし「それでは」と帰ろうとした聖女?女神?を全力で引き留めた。
「ちょちょちょ、待って待って。早い早い。」
「なんですか?」少し不機嫌そうだ。
「なんか、こー、よく聞くチート能力とか、魔王を倒すとか特別な任務なんかあるんじゃないの?」
「いいえ、ありませんよ?何をしようとユリカさんの自由ですし、今世と同じ様にお好きなように生きていただいて結構です。」
「え?!じゃぁなんで私は選ばれたの? 特別だからじゃ……」
少し上目使いで、尋ねる様なねだる様な視線を送る。
「あー、失礼しました。ついつい。。。
あなたには特別な力も使命もありません。そして選ばれてもいません。
今世を終えた魂は、誰もが等しく新しい世界に送られるのです。
世界は無数にあり、今この瞬間も分裂や誕生を繰り返し増え続けています。そのどこかに送られるのです。」
愕然としながらも聞き返す。
「じゃぁこの時間はなんなの?
これから行く世界の説明をしてくれたのって、文明発展のために知識を持ち込むとかじゃないの?」
聖女?女神?はゆっくりと息を吸い、微笑むように
「それはですね、今世の記憶、ここでの記憶は消えるからです。
説明しようとしまいと関係ないのです。
それでは、新しい自分として精一杯生きてください。」
その言葉に絶望したユリカは膝を抱え顔を膝に伏し、ゆっくりと沈んでいった。
「しかし、稀に記憶を宿したまま生まれるケースも観測されています。その条件は――――――」
もう、聖女?女神?の声も聞こえない。