表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/45

思い出を思い出す

 さて、きのうに引き続き二度目になるが、いよいよシラユキの()()()()()()()()


 今回の寝言(ねごと)は「タダピコ」が一回(いっかい)のみ。


 高校生のとき、シラユキはボクのコトをタダ「ヒ」コではなくタダ「ピ」コと呼んでいた。

 かつ、大学以降は、そのあだ名を使っていない。


 よって「シラユキは高校時代の思い出を夢として見た」と推測できる。

 ……だが、一個だけ引っかかる点が存在する。


 夢におけるストーリーが過去と完全に一致(いっち)するコトはない……これについては、すでに理解している。

 そもそも人の記憶(きおく)自体が曖昧(あいまい)で不正確なもの。


 記憶と過去のあいだには最初から「かい()」があり、その()らぎが、そのまま夢の非現実性を再現してくれるだろう。


 引っかかるのは、寝言として発音された「タダピコ」が()()()()()()()というコト。


 そのあだ名が、寝言になるくらい印象(ぶか)いモノであるならば――少なくともあと(いち)二度(にど)は同じ言葉を寝言で()らすのが妥当(だとう)ではないか……?

 過去にシラユキがボクのコトをあだ名で呼んだのは、一度や二度だけでは、なかったのだ。


 夢の再構築に際して、このズレを考慮(こうりょ)しなければならない。

 つまり、「ただ記憶をたどって過去を再生すれば、きのうのシラユキの夢を再現できる」という簡単な話ではない……というコトだ。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

あるところに、熊野くまのシラユキという女子高生がいた。


シラユキは、とくに問題なく高校生活を送っていた。

勉強もスポーツも、人並(ひとな)み以上にできた。ただ、苦手なコトもあった。


人の顔と名前を覚えるコトが、難しかった。

視力や記憶力(きおくりょく)が低いワケではない。


ただ、人の顔や名前を記憶にとどめる行為(こうい)に、()()()()()()()のだ。


顔あるいは名前を記憶した時点で、その人物を所有し、もてあそんでいるような……そんな罪悪感を持ってしまう。

歴史上の人物や架空(かくう)のキャラなら問題ないが、生きた人間を覚えるコトは()()()()必要性がない限り無理だった。


人の名前を呼ぶのも、やはり厳しい。


シラユキが「そうである」理由はとくにない。

原因と考えられる環境(かんきょう)出来事(できごと)も、ありはしない。


物心(ものごころ)がついたときには、他者を記憶するコトがつらくなっていた。

どうにもできない性分(しょうぶん)だった。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐



シラユキ「へえ、今度(こんど)は、そんな感じで始まるんだ」


 こぶしで左右のほおを(つぶ)し、うつ()せのシラユキがまぶたを半分だけ下ろす。


ユキ「どんなに理屈(りくつ)を重ねても、ワタシの性分は治らなかった。今のお(となり)さんの顔と名前を思い出すのも難しいくらいだし……。それにしてもタダヒコ。この厄介(やっかい)な性格の裏側って、ワタシが大学生になったときに話したコトだよね」


タダヒコ「もちろん高校生のころのボクは、シラユキが人の顔と名前を覚えづらい理由を知らない。でも、これはシラユキを主人公とする夢だから。……ほかにも、『当時のボクには知りえない情報』が出てくると思うけど、矛盾(むじゅん)にはならない」



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

入学から半年(はんとし)が経過したときに文化祭があった。

この時期になってもシラユキは、クラスメイトのコトを記憶していなかった。


とはいえ文化祭の準備をサボったりするシラユキではない。

シラユキたちのクラスは劇をするコトになった。

その道具(るい)の作成をシラユキが手伝(てつだ)う。


シラユキは基本的に(だれ)とも話さず黙々(もくもく)と作業していた。

しかし(はな)しかけられたときは、相手を無視せずに、きちんと応答する。報連相(ほうれんそう)(さい)は、自分から人に声をかける。


道具類の作成に従事(じゅうじ)している人のなかで、自分と似た立場にある者の存在を見つける。


同じクラスの男子である。

顔も名前も、やはり記憶にない。


とはいえ周囲への対応の仕方(しかた)が自分そっくりだった。

表面上(ひょうめんじょう)は協力的だが、誰とも仲を深めようとしない。


自分と似た雰囲気(ふんいき)によって、シラユキは、その男子をほかの生徒と区別していた。


そんななかシラユキは、できあがった大道具(おおどうぐ)(ひと)つを一人(ひとり)で運ぼうとする男子を見た。

その大道具は、劇の背景に使う「書き割り」だった。


当の書き割りは教室に置いておくには大きかったため、学校(がわ)の指定する別の場所に運ばなければならなかったのだ。


放課後の教室内で……書き割りを両手でかかえようとする例の男子に、シラユキはなんとなく声をかけた。


「ねえ、ワタシも持とうか」


後ろから話しかける。


だがシラユキの声に反応したのは、書き割りを持った男子ではなく――まだ教室に残っていた女子の一人(ひとり)だった。「ありがとう熊野(くまの)さん、でもワタシに重い荷物はないよ……」とその女子は(くち)にした。


対してシラユキが、「え、いや……」と(くち)ごもる。

それを見た相手の女子は、なにかに気づいたように笑った。


「あ、もしかして熊野さん、福生ふっさくんのほうに声かけたの」

「フッ……?」

「そう。ちょっと福生くん」


その女子が、大きな声で呼びかける。

すでに書き割りをかかえて教室から出ようとしていた、当の男子に――。


熊野(くまの)さんが、福生(ふっさ)くんに言いたいコトがあるんだって」


呼ばれた男子は、教室の出入(でい)(ぐち)のそばで、とまった。

シラユキは男子の目の前に寄り、両手を差し出した。


「ワタシも、持つよ」

「じゃあ(たの)むよ、ありがとう」


書き割りは、複数の長方形のパネルに分割され、ヒモでまとめられている。


シラユキがそのはしの(ひと)つを右脇(みぎわき)(はさ)む。

()(なか)をかかえていた男子は少し移動して、もう片方のはしを右腕(みぎうで)でかかえた。


横に(たお)した書き割りは、水平を(たも)っていた。

このときシラユキは、自分とその男子の身長がほとんど同じであるコトに気づいた。


書き割りは、意外に軽かった。

その重さを感じ、「かえって迷惑(めいわく)だったかな。そりゃ、ほかに手伝う人もいないワケだ」とシラユキは思った。


先ほど(はな)した女子にお礼を言ってから、当の男子と共に教室から出る。


シラユキは書き割りの後ろの部分を持っている。一方の前の部分を持つ男子の歩調は、速くもなく(おそ)くもなかった。

足並(あしな)みをそろえる必要性すら感じないほどに、ちょうどいい。


「あの……もしかしたら、ごめん」


要領を得ないセリフをはくシラユキ。

……が、男子は反応(はんのう)を返さない。


シラユキは相手の後頭部(こうとうぶ)を見ながら、「ちょっと、ちょっと」と声を(はっ)した。

男子は前を向いたまま、左手で自分を指差(ゆびさ)す。


「ボクに話しかけてるの?」

「うん。ごめんね、ワタシ……人の名前を呼ぶのが苦手で」

「いやボクも、悪かった気がする」


廊下(ろうか)一定(いってい)速度で進みながら、(おう)じる男子。


「さっきの教室で熊野(くまの)さんがボクに声をかけたコトも、ホントは気づいてた。けれどボクは、(だれ)かに話しかけられたとき、いつも思うんだ。『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』って」

「そういうコトだったんだ。なんか過去に(いや)なコトでもあったの?」

「ないよ。気づいたら、こんな感じ」


それから二人は黙って廊下を歩いたあとに階段をおり、指定の場所に書き割りを置く。


「あらためて……ありがとね、熊野さん」

「ホントは迷惑だったんじゃないの?」

「確かに一人(ひとり)でも問題なく運べたよ。それでも、うれしいモノは、うれしいからさ」

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ