シラユキが安心して眠れるようになるまで
こうしてボクたちは三つの寝言から、シラユキの忘れた夢を再構築したワケだが――。
「――それが実際の夢と一致するかは断言できない」
ボクも立ち上がり、座布団を拾う。
「もしかしたら、まったく違うのかも」
「いいや。タダヒコの語ってくれたコトが、本当の夢」
シラユキは自分の座布団を持って、ボクのつかむ座布団を軽くたたいた。
「実際の夢の内容がどうであれ、それを確かめる方法はないからね。だったら過去を振り返ったとき、記憶として呼び起こされるモノが――誰かと共有されたモノこそが『本当の出来事』になるんじゃないかなあ」
それからシラユキは和室の押し入れをあけ、座布団二枚をしまう。
「タダヒコ、ありがとね」
シラユキは押し入れの戸を閉める。ボクのほうではなく、戸を見ている。
ボクは窓に目を向ける。外が暗くなっているコトを確認し、カーテンを閉めた。
「次回作の、いいネタになった?」
「それもあるよ。でも一番は……」
体の向きを変え、シラユキは押し入れの戸に背中を預けた。
「なんか怖くなくなったから、『ありがとう』なの」
両手を後ろに回し、肩を左右に揺らす。
「初めて一緒に眠って……ひどい寝言でタダヒコを戸惑わせちゃって……『気味悪がられたんじゃないか』とか『本当のワタシは嫌なヤツなのかも』とか考えて、実際不安だった。寝言のもとになった夢も思い出せないから――どうしたらいいか、わからなかった」
ここでシラユキは目を閉じて、笑顔を見せた。
「でもタダヒコがワタシの寝言から、夢を再構築してくれた。だから思うコトができた。『あ、ワタシの寝言は、そういうコトだったんだ。そんな夢を見たのなら、そんな寝言も納得だ』って」
そして、ゆっくりまぶたをひらき、ボクに横目を向けてくる。
「なによりタダヒコが『シラユキの寝言は、そういうコトだったんだ』って思ってくれているコトが、一番ほっとする」
シラユキの、低音の声が耳に届く。
なんとなくボクは、壁のアナログ時計に視線をやった。
(愛してるとか、好きとか幸せとか……そんな言葉は苦手なのに、そういうコトは堂々と言うんだから……あらためて、好きだなあ)
秒針を追いつつ、返事をする。
「そっか、よかった。ボクもスッキリした」
「……人がよすぎるって。ワタシが寝言をよそおってタダヒコに『ぶっ殺してやる!』って言った可能性だって、あるんだよ。本当の寝言だとしても……それがワタシの、タダヒコに対する本音だったらどうするの。もちろんワタシは、『違う』って言うけどさ」
声のはしばしを、細かく振動させるシラユキ。
「本人の証言なんてアテにならないし。だいたい、『この人はそんな人じゃない』とか思っても、そんなセリフ……現実では通用しないんだから。タダヒコは、怖くないの?」
「実際のシラユキの心がどうであれ、それを確かめる方法をボクは持たない。シラユキから見てボクの心がどうなのか、わからないのと同じで。そもそも『寝言を聞いた』というボクの発言だって、証明するコトはできない。……心を疑い始めたら、キリがない」
ついで秒針から視線を外し、ボクはシラユキのほうを見た。
「だったら『人の本当』は……現在や過去の情報を誰かと共有するなかで――『その人』を事実として確定していくなかで、少しずつ形成されるモノじゃないかと思うんだ」
「まいったなあ、さっきワタシが言ったコトとシンクロさせてくるなんて」
シラユキも、ボクに顔を向けている。
結果、目が合った。
その直後、シラユキが少しだけ目を泳がせた。
「ともあれ今後もワタシ、寝言で迷惑かけるかもしれない。口にテープでも貼っとこうか」
「そこまでする必要はないよ。迷惑じゃないし……むしろ嫌いじゃない。もしまた怖くなったら、きょうみたいに『どんな夢を見ていたのか』もう一度考えればいい」
「いつまで?」
「シラユキが安心して眠れるようになるまで」
「なんで、そこまで言うの」
「これからボクだって、ひどい寝言をシラユキに聞かせるかもしれない。そのときに自分も許されようって魂胆もあるんだ。ちょっと、ずるいね」
「……ずるくないよ。ワタシを悪い気にさせないよう、そう言ってるのバレバレだから」
押し入れの戸から背をはなし、シラユキは足早に和室から出ていく。
このとき、ものすごい早口が小さく聞こえた。
「ワタシ、タダヒコと結婚して、よかった」
「ボクも同じコトを言いたい」
たぶん、ボクのほうが早口だったと思う。
聞き取ってくれたのなら、それでいい。
聞き取ってくれなくても、それでいい。
そんな、わかったような、わからないような……出来事や気持ちを積み重ねて、生きるコトしかできないから。
そういう記憶をかかえながら、きょうも眠ればいいだけだ。
そして起きたときに、あらためて。
いろいろ忘れたり思い出したり想像したりすれば、いいのだと思う。