小旅行
そして十二月中旬に移る。
シラユキの仕事が一段落してから、ボクたちは旅行に出かけた。
新婚旅行……ではあるが、そんなに派手なモノでもない。
やや遠くにある温泉旅館に、二泊三日の予定で滞在するだけだ。「結婚して初めての家族旅行」と言ったほうが適切かもしれない。
予約は、二か月以上前にとっている。
結婚して、すぐに旅行しなかったのは……その前に「相性を確かめる期間」がほしかったからだ。
互いに合意のうえで結婚したとしても、実際に家族として生活を始めれば、今までわからなかった相手の一面が明らかになる。結婚生活の苦労にも直面しうる。
結果、「思いえがいていたモノと違う」という感覚に襲われ、自分の決断を後悔するかもしれない。
そんな気持ちになるか、ならないか――これが確定しない段階で新婚旅行をしても、どこか楽しめないんじゃないか? とボクもシラユキも結婚前に話していた。
そこで、結婚してから旅行に出るまでのあいだを「お試し期間」として設定したワケだ。
もし二人のうちのどちらかが、お試し期間中に「一緒にいるのが苦しい」と思ったなら、旅行をキャンセルする。キャンセル料は、その件に関し、より非のある側が負担する。
このあと、二人は協議離婚で別れるかもしれないが……それでも互いに互いを責めないと決めておく。
なお、お試し期間を設けたのは、やはりアサカを始めとする家族からのアドバイスがあったからだ。
でも決めたのはシラユキとボク以外の何者でもない。
年内に旅行を済ませたかったので、お試し期間は十月から十二月の途中までとした。
果たしてボクたちは、二泊三日の旅行をキャンセルするコトなく当日を迎えた。
* *
ボクとシラユキは戸締まりを終えたあと、マンションの通路で、隣に住む女性とばったり会った。
(そういえば、ここに住み始めたころにも同じように鉢合わせしたっけ)
隣同士といっても、会う機会は意外に少ない。ずいぶん久しぶりに、顔を合わせた気がする。
あらためてボクたちは、お隣さんに「こちらの部屋から音が響いていたりしないか」と聞いた。だが今回も、「なにも聞こえていない」という言葉が返ってきた。
だから前と同じようにボクたちは、「すみません、ありがとうございます」と言って頭を下げた。
隣人は「いえいえ、仲がいいようで、なによりです」とつぶやき、微笑していた。
* *
高速道路も使用し、軽自動車で目的地の旅館に向かう。
交替しながら運転する。
温泉旅館に着いたのは、夕方だった。
小さな和室に、とまる。
その旅館の各部屋には、ヒノキの湯船の露天風呂が付いている。
ほかの客と一緒に大浴場に入るのは、ボクにもシラユキにも……できそうになかった。
だから、こういう部屋はありがたかった。
源泉かけ流しらしい。とりあえず温泉につかったあと、ほてった体のまま浴衣を着て、旅館内の食堂に入った。
ビュッフェ形式の食事である。
シラユキは、おもに野菜を取って、カラフルなサラダを作っていた。
ボクは、そばが含まれていないコトを確認してから、各料理を少しずつ盛りつけて食べた。
客室に戻ると、布団が敷かれていた。
当然、ボクたちが家でやっているような斜めの配置ではなく、二人ぶんの布団がきちんと横に並べられている。
そこに座ってテレビをつける。
普段、ボクたちはテレビを見るほうではないのだが……。
シラユキがつぶやく。
「チャンネルや番組が地元と違うところが、なんか不思議で新鮮で……『旅』って感じがする」
「わかる。とくに旅先の天気予報がいいよね。普段は気にとめていなかった場所の地図が拡大されて、知らない地名が出てきたりして……本当はボクたちと関係を持たなかったハズの地域の天気を気にするんだ。いい意味で、内から体が震えるよ」
すぐ外から漂ってくるヒノキの香りを嗅ぎながら、シラユキとボクは、ぼうっと光る画面を見ていた。
* *
次の日は雨だった。
「天気予報のとおりになったね」
旅館で傘を借り、薄暗い外を歩いていく。
今は使われていない芝居小屋が近くにあった。一般の人も見学できるとのコトだった。なんとなく午前中は、そこで時間を潰した。
午後になってから旅館に帰った。
雨足自体は弱く、また、客室の露天風呂には「ひさし」が付いていたので、その温泉につかるのに支障はなかった。
テレビをつけて、時間を流す。
いったん部屋から出て、きのうとほぼ同じ食事をとる。午後八時、和室に帰る。
ボクたちはヒノキの湯船にまた入ったあと、浴衣のまま布団に寝転がった。
シラユキがあくびをした。ボクもそれに釣られ、眠くなった。




