表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/47

少し冷える日に

 秋も終わり、十二月に(はい)った。

 相変(あいか)わらずボクは小学校の事務室で仕事をしていた。


 その日の昼休みに、雪がふった。

 といっても積もるほどではなく、ほとんど()けた雪だった。


福生ふっさ先生、知ってます? こういう天気、『みぞれ』って言うんですよ」


 事務室に遊びに来た一人(ひとり)の児童が、窓の(そと)を見ながら()()()()

 外は薄暗(うすぐら)い。雨か雪か判断のつかない水滴(すいてき)が、窓をたたき続ける。


 ボクは、暖房(だんぼう)()いた部屋にいる。

 パイプ椅子(いす)二脚(にきゃく)用意し、そのうちの一脚(いっきゃく)(こし)を下ろしている。


 もう一方(いっぽう)のパイプ椅子は目の前にある。

 そこに、宮先みやさきさんが(すわ)っている。

 前に二人(ふたり)(はな)して以来、友だちと一緒(いっしょ)に事務室に来るコトはあったが……そのあいだずっと宮先(みやさき)さんは、自分の家族について語ろうとしなかった。


 しかし、きょうは久しぶりに宮先さんが一人(ひとり)だけで現れ、例のコトにふれた。


「ところで先生。以前、ワタシとなにを話したか覚えていますか」

「もちろん。お父さんの寝言(ねごと)についてだよね。どうも、お父さんは過去のコトを夢に見て、その寝言を(くち)にしたみたいだったから……実際にどんな過去の夢を見ていたのか、(とう)の寝言をもとにして考えたんじゃなかったかな」


「そのときワタシ、父の寝言が収まったコト、先生に伝えましたよね?」

「あのあと()()()あったの」

「いいえ。むしろ、なにもないです」


 宮先さんは持参した水筒(すいとう)で、湯気(ゆげ)の立ったお茶を飲む。


「お父さんの寝言も、ここ(いっ)(げつ)聞いてませんし。相変わらず両親の仲は、いい感じですし。おまけに二人ともワタシに対して(やさ)しいままですよ」

「なるほど、円満なんだ」


「はい。福生(ふっさ)先生には相談に乗ってもらいましたので、一応……あのあと()()()()()()()報告したほうがいいかなと思って、きょうは一人(ひとり)で来たんです」

「ボクも、聞けてよかったよ、安心した」

「先生にそう言ってもらえると、もっとうれしくなります。……それはそうと、つかぬコトをうかがいますが」


 宮先(みやさき)さんは、(あたた)かそうな水筒を太もものあいだに置く。


「……先生は、今の伴侶(はんりょ)のかたと一緒(いっしょ)になれて、幸せですか」

「うん」

「熱いですね。やけちゃいそうです」


 それから水筒の(ふた)にお茶をついで、ボクに差し出した。


「飲みます?」

「ありがとう、でも(のど)(かわ)いていないんだ」

「……先生は、まともな大人(おとな)ですね」


 宮先さんは、お茶を喉に流し()んだあと、ゆっくり立った。


「じゃ、さよなら。もうワタシ、一人でここに来るコト、ないと思う。だけど福生(ふっさ)先生のコト、(きら)いになったワケじゃ……ないから。そこだけは勘違(かんちが)いしないでください」

「うん、さようなら。また来たいときは、いつでも来てね」

「……ありがとうございます。それと、ワタシだけ先生の結婚(けっこん)に『おめでとう』って言ってなかったので、今さらですが……」


 言葉を連ねつつ、宮先(みやさき)さんが事務室のドアを閉める。

 その(おと)にまぎれ、小声が聞こえた。


「お幸せに」


* *


 同じ週の土曜日。

 休日というコトで、ボクは昼間に買い物に出た。一人での外出である。


 シラユキは、次回作の()め切りが近いらしく、()()()いそがしいようだ。


 買い物の帰り道、ボクに声をかける人があった。


「あ、(にい)さんじゃないですか。偶然(ぐうぜん)にも、ほどが、ありますねー」


 車道の向こうの歩道で、見知った顔が手を()っていた。以前、ボクのもとに手紙をよこした、シラユキの実妹……熊野くまのアサカがそこにいた。


 アサカは横断歩道を(わた)って、ボクの近くを歩き始めた。

 (たが)いに()()()()挨拶(あいさつ)()わす。


 シラユキに似た、黒く丸い(ひとみ)をボクに向けるアサカ……。

 ただし(かみ)は、姉より少し長い。声も、高めである。


「だいたい二か月ぶりですね。最近、どんなですか」

「とくに変わったコトもないよ」


安眠(あんみん)できてます?」

「シラユキも、よく(ねむ)れてる」


 ボクは歩幅(ほはば)を小さくして、前を見ながらアサカに言う。


「それはそうと(おく)ればせながら……手紙、ありがとう。なんか『見守られている』って感じがして、心強かった」

「いえいえ」


「お父さんとお母さんは、元気?」

「はい。福生ふっさ()のみんなとも、しばしば会っていますよ。年末か年始には遊びに来てくださいね」

「もちろんだよ」


 ここでボクは、アサカのほうに視線を投げた。


「ところでアサカは、なんの用で、うちの近所に?」

「やだなあ。偶然って言ったじゃ、ないですかー。……同じ大学の彼氏(かれし)が近くに住んでるんですよ」


「……シラユキには、(だま)っておいたほうが()()?」

「ごめんなさい、なんの意味もない冗談(じょうだん)です」


「なんだ、信じるところだった」

「本当は兄さんと(ねえ)さんが、どんな感じなのか気になって来ました。もちろん……手紙にも書きましたが、用もないのに新居(しんきょ)に上がり()んだりは、しませんよ。ただ、結婚から二か月たったわけですので、ちょっと顔を見るくらいなら許されるかなーって」


遠慮(えんりょ)なく遊びに来ればいいのに。ボクもシラユキも、むしろ喜ぶよ。あ、今はシラユキ、多忙(たぼう)なんだけどさ」

「その言葉だけで、おなか、いっぱいです」


 首を左右に()ってからアサカは、ボクとは(ちが)う方向に足を向けた。


「では、わたしは帰ります」

「シラユキに会っていかないの?」


「いそがしいんでしょう? なら邪魔(じゃま)できません」

「そっか、アサカ。きょうは話せて、うれしかった」

「兄さん……」


 アサカは道を外れ、ボクに()を向ける。


「姉さんと結婚してくれて、ありがとうございます。別に兄さんが親切心(しんせつしん)で、うちの姉と結婚したわけじゃないのは、わかっています。だから、お礼を言うのは変かもしれません」


 一瞬(いっしゅん)だけ()り向き、笑顔(えがお)を見せる。


「それでも、ありがとうございます」


 明るく高い声が、ボクの耳に届いた。


* *


 ちなみに。

 ()()()わかったコトだが……この時期にシラユキが書き上げた新作は、ボクと(はな)した夢や寝言とは、ほとんど関係のない内容だった。


 それを読んだとき、「直接的にネタにしないところがシラユキらしいな」とボクは思った。


 とはいえ、ボクの語っている「アレにまつわる話」からは逸脱(いつだつ)するので、その(けん)については割愛(かつあい)する。


 今さら注意するまでもないが、ここで言う「アレ」とは、寝言のコトだ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ