終わり、続き、始める
「ボクが見た夢の再構築は、すべて完了した」
きのうの夜にボクが発した二つの寝言……「今すぐ出ていけ!」と「シラユキ、キミと結婚するんじゃなかった!」というセリフは、ボク自身の先ほど想像した夢をもとにして、結実したと考える。
もちろん今回再構築された夢にしても、実際のモノとは限らない。
ただ、今までと同じで……こうしてシラユキと共有したコトが、ボクたちの「本当」になっていくのだと信じている。
「おつかれさま、タダヒコ。夢の再構築史上、一番、時間、使ったね」
シラユキが膝を曲げて座ったまま、上半身を後ろに倒す。
「被害者としてのタダヒコが、加害者としてワタシを傷つける言葉をはいた。起きているのに夢だ寝言だと言い張る状況――つまり向こうの二人にとっては理解しがたい状況のなか、最後の寝言が叫びとなって、現実にこぼれた。……いいんじゃ、ないかな、通じるよ」
畳の上に背中を預ける。
「一瞬だけ『本心とは逆のコトを言って解決するオチは今どき、ありがちだなー』とも思ったけど、夢のなかのタダヒコの言葉は、夢のなかのワタシの言うとおり、本音の可能性もあるんだろうね。……でも、どうしてタダヒコの最後のセリフのあとにワタシを描写したの」
「ボクは明確にシラユキの名前を呼んだ。だったら、それを受け取った相手の反応にも最低限の言及がないと、夢が中途半端なモノになってしまう」
あぐらをかいたまま、ボクも倒れて寝転がる。
「まあ、ボクが寝言の瞬間に起きたのも事実だから、これ以上の想像はできないね。どちらにせよ、夢のなかの二人は玄関に放置されたまま。……話としては完璧じゃない」
和室の天井に広がる板を、ボクは、じっと見ていた。
「とはいえ最初からボクたちの目的は、どんな夢を見て例の寝言を口にしたか……想像するコト。『そういうコトだったんだ』と納得するコト。寝言に至る夢の過程をつまびらかにした今、話の続きを考察する意味もない」
「ワタシも納得してるよ。『そういうコトだったんだ。そんな夢を見たのなら、きのうの寝言も無理ないね。起きているワタシを傷つけようとしたのでもない。タダヒコ自身も安心したようで、よかった』って。……寝言を連発してる自分のコトは棚に上げてね」
視界に入るコトはなかったが、そのときシラユキが舌を出したのが、わかった。
「じゃあ恒例の要約。前後編をまとめて、と」
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ボクは妻の寝言で悩んでいた。
耐えかねて口をふさごうとしたが失敗した。
結果、妻が本音を暴露する。
相手を所有物として見ていたコトや、寝言自体がウソだったコトが判明する。
その現実を乗り越えるため、ボクは、そこで発されたすべての言葉を寝言とした。
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「タダピコ……これって、ハッピーエンドとバッドエンド、どっちなの」
「なんとも言えない」
「夢のなかのワタシたちは、将来どうなるのかな」
「互いに『言ってはいけないコト』を言ってしまったせいで、もう関係は戻らず、遅かれ早かれ別れるかもしれない。本音をぶつけ合って、かえって相性がいいコトが明らかになったおかげで、意外に長続きする可能性もある」
ボクは、静かに息をはく。
「とはいえシラユキ。そもそも二人に、未来は、あるんだろうか」
「タダピコの言いたいコト、わかるよ。サラダをフクロウにしたお月さまの夢では、ワタシが起きた時点でお月さまの生のすべてが途切れたワケだから」
「シラユキの寝言をもとにして……初めて想像した夢だね。当の月は『大往生』したんだっけ」
「そう。で、肝心の『大往生』が成立するには、夢の『途切れ』だけでは足りない。同時に、その世界の『継続』も必要になる」
「……そっか。単なる途切れだと、その後の時間のすべてが断絶し、『月の死』という未来さえ保障されなくなるのか。この場合、月は『大往生』という状態を手放さざるを得ない。結果、夢における『死』の事実と矛盾してしまう……!」
「うん、そんなワケで、見終わった夢には『断絶』と『継続』の二つの状態が与えられると言えるよね。夢のワタシとタダヒコも、ある意味そこで終わりを迎え、同時に別の意味でそこからなにかを始めていくのだと思う」
「あとは二人の勝手なのかな」
「そうだね、起きているワタシたちが心配するコトでも、なかったかもね」
このとき、あぐらをかいたまま横になっているボクを小突く感触があった。
シラユキが脚を伸ばし、そのつま先を使ったらしい。
「だけどタダヒコ、夢の二人も幸せであれば、うれしいね」
……対してボクは、軽い「あいづち」だけを返した。
本来のシラユキは、なにより重く、なにより軽い、「幸せ」といった言葉を好まない。
でも、たった今口に出された音は、「そうじゃないといけない」という重さも、「実際はどうでもいい」という軽さも、含んでいなかった。
「あ、それとタダピコ。どうしても言わなきゃダメなコトがある」
ボクにつま先を当てた状態を維持しつつ、シラユキが上半身を起こす。
「ここにいる現実のワタシは、タダヒコの顔を……『潰したい』なんて思ってないから」
前傾姿勢になり、ボクの瞳をのぞき込む。
「タダヒコの顔は、ワタシが家族以外で、初めて覚えたいと思った顔なんだよ」
ついでシラユキは「もちろん今は家族だけどね」とつぶやいた。