寝言の証明
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
「アナタの『出ていけ』は、ワタシが一部分しか本音を打ち明けていなかった段階のモノだよ……! だけど朝食のときの、『本当のワタシはアナタを信じていなかった』っていう口振りは、そのあとの告白の……序の口にすぎなかったワケで」
もうシラユキはボクをにらんでおらず、うつむいていた。
「だったら『出ていけ』とは別に、何度でも、おこらなきゃ……」
「そもそもボクも、勝手にシラユキの口をふさごうとしたりして、よくなかった。今、無理に玄関にとどめているコトだって、そうだ。客観的に考えてボクは、被害者ヅラできる立場じゃないんだ」
深呼吸を挟みつつ、ボクは続ける。
「それに、高校のときの本音や、寝言についての本当を告げられても、『信じられない』『どういう気持ちで聞けばいいんだ』という感情のほうが、いかりよりも先に湧いてきたし」
「だから妙に冷静に話していたってワケ……?」
「もちろん最初は焦ったし、シラユキの声音に、けおされていた。でも、どんな本音を語ろうと、やっぱりシラユキの声は、ほどよく低くて落ち着くモノなんだ……。聞けば聞くほど、『ほかの誰でもないボクに、本音で話しかけている人がいるんだ』という感じがする」
「相変わらずの気持ち悪さだね」
「もとからボクは、熊野さんの……シラユキの声を求めていたから」
ボクは、僅かに顔を上げるシラユキと目を合わせた。
「あらためて思うよ、結婚して、よかったなあ。シラユキの新しい声が聞けたし」
「ワタシの言ったコト、全部理解してるんでしょ。ごまかさないでよ、わざとらしい」
「当然、ごまかしも、あるよ。シラユキの言うとおり、現実逃避も含んでいる。でも、これまでの言葉が寝言の可能性を持つのなら、ただシラユキが夢にうなされて寝言を口に出していたとしたら……今度は現実という悪夢じゃなくて、純粋に『いい夢』を目指したい」
「それこそ、たわごとという意味の寝言だよ」
ここでシラユキが、ようやくボクの手から両手をはなした。
「……ワタシを許した気になって悦に入っているのかもしれないけれど、アナタを『優しい』と評価する人なんて、いないからね。むしろタダヒコは、みんなから軽蔑されるコトをしたんだと思う。たぶんワタシをもっと追い詰めたほうが、世間的には正しいんだよ」
「構わないよ。実質的に、これもボクの欲でしかない」
交差していた両腕を広げ、ボクは、それらを自分の後ろに回した。
「ただシラユキが、今の生活を考えなおすのなら、ボクも無理には……」
「考えなおすよ」
「そんなあ」
「……もう別れるしかないと思っていたけど、別れずに済むなら、それがいい」
「あ、そっちの意味だったか、よかった」
「別に。タダヒコがブチュッと潰れてくれなかったから、まだ、もてあそばないと気が済まないってだけ。だから満足するまで、ワタシがタダヒコを所有する」
シラユキが両手を自分の胸に当てて言う。
「だけどタダピコ。あまいよ……このまま全部をうやむやにして、今度こそストレスなく一緒に暮らせると思ってんの? いくら『アレは悪夢による寝言だった』と思い込んだとしても、今回のコトが綻びとなって、ワタシたちは、いずれ破綻するのが自然なんじゃない?」
「だいじょうぶ、ボクも夢を見ながら話していたから」
「……え、今までのタダヒコの言葉も寝言だったってコト?」
「うん。ボクも寝てた。目をあけ、立って、眠ってた。それでシラユキの寝言とボクの寝言が交じって、偶然にも会話らしきセリフ回しが続いたって話」
「なに、それ……メチャクチャがすぎるって」
柔らかく、多少の皮肉を混ぜた表情で、シラユキがほほえんだ。
「だけどタダヒコが寝言だと信じても、ワタシは信じないかもしれないよ」
「それなら今から証明するよ、今のボクの話しているコトが寝言だって……。起きているボクが、普段からは考えられない調子でじかに言うハズのない言葉を口にしたら、それが寝言の証拠になるよね」
「言ってみてよ」
シラユキがボクを見つめる。
ボクは思いきり息を吸い、普段出さないような、ありったけの声を発した。
あごが痛くなるまで口をひらく。
「シラユキ、キミと結婚するんじゃなかった!」
「確かに言わないね。内容がどうとか以前に、うるさすぎ」
左右の手で両耳を押さえ、もう一度、シラユキが笑った。
急に声を張り上げたためか、ボクの意識が薄れる。
そんななか、ほどよく低い声を聞く。
「もちろん、それをウソだと思うほど、ワタシは都合よくないよ。もしかしたら、タダヒコの本音なのかもね。それも、心の底から無理やりズルズル引っ張り出したような本当……。いや、どっちでもいいのかな。だって寝言なんだから……」
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
夢の後編を、ここで終える。