なるほどじゃない
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……ここまで説明したシラユキに、ボクは声をうわずらせて指摘する。
「でもシラユキは『ぶっころ』の次の日に……『起きていた自分がそれを口にした可能性もある』とボクにみずから明かしたじゃないか。実際にそんなコトを考えていたなら、本心を隠していたハズだよ」
「それと似たようなセリフは、もう当日に聞いたってば。あえて自分に疑いを向けさせるようなマネをして、かえって信用を得るなんて……今じゃ、ありふれた方法なんだよ。ヘタに隠せばバレたときに言いのがれしにくくなるから、予防線としてこちらからふれるの」
交差させたボクの両腕を、こするように動かすシラユキ。
「それ以降の夜も、寝言をよそおう罵倒をはいた。こっちが金切り声を使えば、普段の低い声を聞き慣れているアナタは寝言の可能性を否定しきれない。かつ、定期的に意味不明な言葉を交ぜるコトで、寝言らしさをアップさせた」
「まさか『カエルーッ!』も『目玉焼きの逆襲』も、本心の罵倒を『寝言だ』と言い張るための言葉だったのか」
「え、ワタシ、そんなん言ったっけ。四秒程度で考えてるから、どうでもいいけど」
ここでシラユキの……ほおの骨が、プルプル震えた。
「そうやってワタシは――福生タダヒコという所有物をもてあそぶのを楽しんでいた。しつこく病院を勧めるアナタの言葉を聞いても『だいじょうぶ』とごまかし続けた。当然だよね。専門の先生が見れば、ワタシの寝言がウソってわかっちゃうだろうから」
ついで首を回し、「でも」とつぶやく。
「昨夜、ついにタダヒコが動いた。読めていなかった。ワタシ、アナタをなめすぎていたのかもしれない。『そのうち、睡眠中のフリをするワタシに近づいて、様子を観察するくらいのコトはする』とは思っていた。一方で、こちらの口をふさぐとまでは考えなかった」
荒く、強いモノが、語気に加わっていく。
「暗闇のなか、息が当たる距離まで顔を近づけられたとき、ワタシは寝言を叫ぶコトにした。至近距離で鼓膜にダメージを与えるのも、面白いかなって」
シラユキの言葉のはしばしから、激しい吐息がこぼれ落ちる。
「選択する寝言は、始まりの、あのセリフ。『ぶ』って破裂音は、閉じた唇を一気にひらくコトで生まれる。この快感を連れながら、『ころ』という、かわいい音に移行する。すかさず『してやる』で文意を確定し、余韻に浸る……ハズだったのに、不発に終わった」
「ボクが『ぶっこ』のタイミングで、シラユキの口にテープを貼ったからだね」
「そのときのワタシの気持ち、わかるかな」
「……ボクには察するコトができない」
「耐えがたかった。タダピコがワタシを思いどおりにしようとしたコトが、許せなかった。だってタダヒコはワタシの所有するオモチャだもの。そんな遊び道具にすぎない存在が、許可なく持ち主の上に立とうとした! 尊厳を、食い散らかされた気分だよ……」
「だから、ボクの指もかんだのか」
「あー、確かにかんだね。でも、かむ前のほうが大事。アナタにテープを貼られたおかげで、ワタシの体のすみずみが内臓に至るまで一瞬であったまったから。このまま安眠させてなるものかと意を決したワタシは、もう一度『ぶっころ』という声を上げた。テープを剥がす勢いで口をひらいたから、ものすごい音になっちゃったけど。お隣さんに聞こえてないよね」
「ケンカと思われた可能性は、あるね」
「心外。アナタの暴動を、ワタシが鎮圧しただけなのに」
「でもシラユキ、テープを貼られたあとに叫ばざるを得なかった事情は理解したけど、どうして『ころころ』という音を連続させたんだ」
「え? 『ぶっころころころころころす!』のこと? しっかり刻んだようで、なにより」
……と言い終わるや否や、シラユキの頭が沈み、ボクの交差した腕に落ちた。
両腕の重なる部分に、シラユキがひたいを押しつける。
「そのときのワタシ、カンカンだった。だから、とまらなかったんだと思う。『ころころ』って言いやすいじゃん? とはいえワタシの高い声なんて、そんなに続かないから、『ころ』は五回まで。あとは『してやる』の四文字を続ける余力もなく『す』を付けて終わらせた」
「なるほど」
「なるほどじゃない。ワタシの寝言がウソで、実はDVでしかなかったってのに、なに『ひとごと』みたいに……」
シラユキのひたいが、ボクの長袖の上で震える。
「やっぱりタダヒコ、気味悪い」
「とはいえ、『ぶっころころころ』以下略の時点では……まだボクはシラユキの寝言を本物と信じていた。にもかかわらず、どうしてシラユキのほうから、寝言が偽物だと明かしたの。その段階まで来たら、あえて自分に疑いを向けさせるのは有効な手じゃないよね」
「思えば、なんで、なんだろうね。こうして玄関に引きとめられて、思わずタダ『ピ』コって言っちゃって……『ワタシの化けの皮も剥がれかけている。なら、もう、いいかなあ、ぶちまけて、この機会にアナタが下だと理解してもらおう』と考えたからじゃ、ないかな」
「それで最後にブチュッと言わせようとしたんだ?」
「タダピコの顔を、盛大に潰して別れるためにね」
後頭部をボクに向けたまま、シラユキが言う。
「ワタシはタダヒコを充分に、もてあそんだ。もう用済み。……DVとして訴えたいのなら、勝手にやって」
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