夢の再構築-②
――現在ボクは、シラユキ本人の覚えていない「夢」を想像している最中だ。
「ぶっ殺してやる!」「やめてよ! サラダがフクロウになっちゃう!」という寝言から夢を再構築するのである。
シラユキの反応を確認しながらの作業なので、この行為は二人の共同でおこなわれるとも解釈できる。
すでに途中までは話したはずだ。確か……。
月を落とすためにサラダを用意しようとしたシラユキだったが、森から出られなかったのだ。
夢の続きは、次のとおり。
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しかしシラユキはサラダを諦めなかった。
かえって面白いと考えた。
店までたどり着けないなら、森のなかで材料を調達すればいい。
木々の葉っぱをちぎり、落ちていた枝を拾う。
丘にある、切り株の上に盛りつける。
さらにキノコを見つけてきて、添える。
森の木の一本から樹液を分けてもらい、それをドレッシングのようにかける。
まるで子どもの「ままごと」だ。
確かに普段のシラユキであれば、たわむれであってもこんなコトはしないだろう。
だが今は森のなか。
気にすべき世間の目など、どこにもない。
また……月が自分に語りかけるという冗談みたいな状況こそが、シラユキ自身の常識を奪ってもいた。
切り株の皿に盛られた「葉と枝とキノコと樹液」のサラダを指し、空を見上げる。
再び月に呼びかける言葉として適切なモノは、なにか。
単に「サラダができた!」だろうか。
いや、それでは当初の月の要求……「ワシをぶっ殺してくれるか!」に対する回答として不適切だ。
だからシラユキは、叫んだ。
「お月さま。サラダを作ったから、一緒に食べない? ……そのあとで」
次の言葉において、とくに声を張り上げる。
「ぶっ殺してやる!」
「ありがたいな……だが」
相変わらず月は笑顔だった。
シラユキに光をそそぎながら、ゆっくりと口を動かす。
「ワシはそれを食べるコトができない。切り株のもとまで、おりられないのだ」
「そうだったんだ……なら仕方ないね」
せっかく作ったサラダを拒否されたシラユキ。
とはいえショックを感じていない。
なぜなら「地上の食べ物を口にするコトを恐れた月が勝負から逃げた」と当人が解釈したからだ。
シラユキは、自分が勝利したかのような気持ちよさに酔っていた。
そんなシラユキに、月が不気味な笑みを送る。
「すまないな……わざわざ用意してくれたのに。しかしそのサラダは、人間であるキミの食用にも適さないだろう。このまま捨てるのも、もったいない。変えてやろう――夜の森に鳴くアレに」
「……まさか」
ここでシラユキが、焦りの色を見せる。
切り株に残ったサラダは、いわば月に勝った証拠。
それがいとも簡単に別のモノに変えられ、消されようとしている。
そんな予感に胸が震える。
なお、月との勝負にこだわる理由は自分でもはっきりとはわからない。
ただシラユキは、それほどまでに月と真剣に遊ぼうとしていたのだ。
思えば……月と交流する機会など、そうそうない。
それは単純に、シラユキにとって心が躍る体験である。
少なくとも、わざわざ月を無視する理由は存在しないと言えるだろう。
月光が強くなる。
葉と枝とキノコに、満遍なく光がおりる。樹液が月影を受けて輝く。
枝が骨になった。樹液が血に変じた。
葉が羽毛と化し、骨と血をつつんだ。余ったキノコが取り付き、耳やクチバシや足のかたちの突起を作った。
その形成の途中でシラユキは、「完成形」がなんであるかを理解した。
生物を作り替えるほどの力――それへの抵抗を言葉に混ぜながら、もう一度叫び声を上げるシラユキ。
「やめてよ! サラダがフクロウになっちゃう!」
だが先に発された二回の「ぶっ殺してやる!」よりは低い音だった。
おそらくシラユキが月そのものに圧倒されていたから……金切り声と呼べるほどの高音にはならなかったのだろう。
シラユキの叫びは、月の所業になんの影響も与えなかった。
無事、サラダはフクロウになった。
どうして月は、サラダの転生先として、とくにフクロウを選んだのか。
暗い森にマッチしているという理由も当然あろう。
しかし本当に着目すべきは、それが象徴するモノだ。
フクロウは、知性を暗示する。知と共に飛ぶ。
それでいて、決して天にたどり着けない。森に宿り、上空から月光を受けるのみ。
いくらこざかしく立ち回っても、結局は月の力にあらがえない。
……フクロウは、そんなシラユキ自身の姿でもあった。
とはいえ、月はシラユキを嘲笑するためにフクロウを生んだのではなかった。
フクロウは切り株から飛び上がり、はばたいた。
丘を囲む木々に近寄り、そこでとまる。
振り向いてシラユキを見る。
ついてこい、と言いたいようだ。
シラユキはフクロウのあとを追い、木々のあいだを抜けていく。
上空から絶え間なく月光がふりそそいでいたので……とくに危険もなく森を歩けた。
そしてフクロウに導かれ、ついにシラユキは森を出た。
外までの道を案内させるために月はフクロウを生んだのだと、シラユキは気づいた。
もちろん、ここで「ありがとう! お月さま」と感謝をささげるほどシラユキも天然ではない。
そもそも森から脱出できないよう、のろいをかけていたのは当の月だ。
これはマッチポンプのようなモノだ。
そう思いつつ、シラユキは前方を見据える。
そこには地平線があった。
地平線に沈む影があった。
自分とフクロウが森を抜けるあいだに、それは地平線まで移動していたのだ。
今まさに、丸い月が没するところだった。
「焼きつけろ! ワシは今から大往生する!」
その大声を聞いたとき、シラユキは月の真意に思い至った。
(お月さまは「自分の生涯がきょうで終わる」と知っていた。だから死ぬ前に誰かと、ふれ合おうとした。そのうえで「殺してくれるか」と言ったんだ。「ぶっ殺してくれ」の本当の意味は、「最期を見取ってくれ」というコトだったんだ)
その死を認識するコトは、月にとどめを刺すコトでもある。
月がフクロウに道案内をさせたのも、親切心からではない。
すべては地平線によって絶たれる、おのれの「いのち」を見せるため……!
月は地の果てに飲み込まれながらも、叫ぶ。
「ありがとう! キミがワシを……ぶっ殺してくれたのだ! 誇るがいい!」
嫌味でも皮肉でもない、豪快な声がとどろいた。
そうして死んでいった月を思い出しながら、シラユキは体をほてらせていた。
月の堂々とした死にざまに……いや、生きざまに感銘を覚えていたのだ。
もはや自分の勝ち負けなど、小さな事象。
現在、胸にあるのは、ただ一つ。
いのちを見届けた誇りだ。
すでに、あたりは明るくなりつつあった。フクロウも、どこかに消えていた。
だが確かな一歩と共に。
シラユキは地平線に向かって、新たに足を踏み出した。
それは、とても気持ちのいい一歩だった。
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