サドンリー
現実のタダヒコ「――ここで二部構成の夢の前編が終了する」
膝をたたくのをやめ、ボクは納得したように、うなずいた。
タダ「最後の言葉を叫んだ瞬間、ボクは寝言を漏らし、自分の声を聞いて目を覚ました。……もちろん憶測の域を出ないけど、こういう夢を見た可能性が一番高そう」
現実のシラユキ「なるほどー。口に貼るテープに関してはワタシが言ったコトだし、納豆だって二人一緒に食べたりするから、そういうのをタダヒコ自身が夢で連想するのも変じゃない」
タダ「あと、シラユキもボクと同じで二人称を使わないよね。したがって、シラユキが『アナタ』と言ったとしたら……」
ユキ「その夢に、より異質さを与えるだろうね」
シラユキは自分の体を、右に左に揺らして話す。
ユキ「しかもワタシは納豆をよく混ぜるし。そんな、なんのコトはない記憶がピースになって、タダピコの夢の全体を作っていったのかもね」
タダ「……『出ていけ』ってセリフは、夢のなかのシラユキだけじゃなくて、体内に侵入するネバネバにも言ったコトだったりして。印象としてはシラユキのほうが圧倒的に強かったから……起きたときに、納豆のほうは覚えてなかったんだろう」
ユキ「考えられるね。でもさあ」
瞬間、シラユキの動きがとまる。
まだ左右の手は、自分の足首をつかんだままだが……。
ユキ「途中までリアル路線で進んでたのに、前編の最後でいきなりファンタジーぶっ込むのは、どうなの。納豆の糸が人を巻き込むって……。アサカの手紙とかをカットしている時点で現実じゃないのはわかるけど、なんでもかんでも『夢だから』で済ませるのは……」
タダ「その唐突さが、ボクの寝言には必要だった」
ユキ「つまり現実感のない驚きが……?」
タダ「うん。ボクは夢のなかで、ひどいコトをされ、そのおかげで寝言になるほどの叫びを上げた……という説明では足りないんだ。その条件を満たすだけで寝言が成立するのなら、ボクは今までにもシラユキのそばで寝言を発していたハズ」
ユキ「確かに、タダピコの寝言、これまでに聞いたコトないや。そういうときにタイミングよくワタシが眠っていた可能性もあるけどね。ともかく、タダヒコが寝言を口にするには、『被害者になるコト』以外の条件も必須と考えたほうが自然だね。ワタシと違って」
タダ「これについて、ボクは二つの条件を追加したい。『ボク自身が加害者になるコト』と『理解できない状況に脈絡なく放り込まれるコト』……この両者も合わさって、ようやくボクの寝言が出てくると仮定する」
ユキ「ありえないほどに肥大した納豆の糸が、その理解できない状況を作ったと」
タダ「夢のなか……シラユキの責めるような口調を聞いた時点でボクは混乱したのかもしれないけど、同時に『そう言われても仕方ない』という加害者意識があったのなら――別の不条理を差し込まないと、戸惑いは極致に達さない」
ここで――。
中学生のときに見た、担任の先生に崖から突き落とされそうになった夢を、また思い出す。
あのとき、確かにボクは「被害者」として寝言を叫んだ。
(でも、その寝言は本当にそれだけの事情によるモノだったのか?)
そもそも前提として、中学校の担任と「崖っぷち」にいるという状況が、おかしい。
この意味のわからなさ、現実感のなさに対する戸惑いが、寝言のカギの一つではないか。
また、夢でボクは、こちらに手を伸ばす先生から逃げるように、みずから崖下に飛びおりた。
とはいえ本当のところ、先生はボクを突き落とそうとしたのではなく、助けようとしただけかもしれない。
にもかかわらずボクは先生を信じず、自分から身を投じた。
先生を強制的に悪者に仕立て上げた。ここにボクの「加害者」としての罪悪感が混在する余地がある。
実際、ボクが寝言を叫んだのは、みずから飛びおりた瞬間だったハズだ。
被害者としての恐怖、加害者としての後ろめたさ、理解できない場所へと唐突に引きずり込まれた戸惑い――以上、三つの条件でボクの気持ちが限りなく肥大化し、結果として寝言が現実のモノとなったのだと思われる。
そう仮定すれば、これまでボクが寝言をなかなか口に出さなかったコトも、今回になって寝言を叫んだコトも説明できる。
シラユキが、そんなボクの心の動きを読んだかのように、肩ごと首を縦に振る。
ユキ「ふーん、そういうコト。再構築された夢のなかで、ワタシに限らずタダヒコも、なんか……よくない感じだった理由がわかった。タダヒコ自身が加害者になって寝言の条件を満たすためでも、あったんだね。単に反対のイメージを反映したってだけの話じゃなくて」
ようやく足首から手をはなし、視線を横にそらす。
ユキ「そしてタダヒコは、ワタシと一緒に加害者になってくれた。共犯とは違うけど」
タダ「お互いに被害者でもある」
ユキ「ただ、『加害』とか『ひどいコト』とかを想像しようとしても……思っていたよりは、犯罪的でもないんだね」
タダ「そうだね、互いの過剰な『被害者意識』も、この夢の特異性なのかもしれない」
ボクも、シラユキの目と同じ方向を見る。
そこには、壁にかけられたアナログ時計があった。まだ午前中を示している。
タダ「さて後編に移ろうか」
前編は、寝言に悩まされていたボクがシラユキに対して「今すぐ出ていけ!」と言ったところで終わった。ここに次の夢をつなげる。