分かれ始める
今回、想像するのは……シラユキではなく、ボクの夢。
寝言は次の二つ。
「今すぐ出ていけ!」
「シラユキ、キミと結婚するんじゃなかった!」
自分で発したこれらの寝言を聞いて、ボクは二度、起きている。
つまり、想像すべき夢は二つに分かれる。
ただし、両方とも夢の最後にシラユキがいたコトだけは覚えている。
よって、「一回目の夢と二回目の夢は、まったく関連のないモノではなく、前後編のように続いている」と仮定できる。
ここにおいて重要なのが、ボクの持つ「シラユキに対する逆のイメージ」だ。
それが、今回の寝言に大きく関わる。
ボクの思うシラユキのもともとのイメージは、「優しいし物事をよく考えられる人」である。
単純にこれを反転させれば、「優しくないうえに物事をあまり考えられない人」になるのだろうが、性格としては漠然としている。
とくにボクの感情を乱すためには、極端な事例を想定しなければならない。
結婚というワードが寝言に出てくるコトから、「ボクは最近のシラユキとの生活を夢に見た」と考えられる。そのなかでボクがいだきうる、シラユキの逆のイメージをえがけばいい。
なお、シラユキの中心的なイメージとして「低く、落ち着く声」も挙げられるが……こちらは反転させない。
なぜならボクが、すでにシラユキの「高く騒がしい声」を寝言で聞いているからだ。
したがって、わざわざ夢で、シラユキの声に関する逆のイメージを持つ必要はない。
もちろん寝言だけは例外だが――。
以上を踏まえて、いつものとおり、夢を想像していこう。
主人公は、ボクだ。
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今年の十月。
ボクこと福生タダヒコは、結婚した。
相手は、同年代の熊野シラユキという女性。それに伴い、熊野シラユキは福生シラユキになった。
二人の合意のもと、挙式も指輪も介在させずに、ただ婚姻届だけを提出した。
その次の日から、ボクはシラユキと一緒に住み始めた。
とあるマンションの部屋だ。そのなかの和室に布団を敷いて、ボクたちは眠った。
最初の夜に、ボクは聞いた。
シラユキの、金切り声の寝言を……。
いつもは低い声で話すシラユキにしては、高すぎる音だった。
当の寝言は、「ぶっ殺してやる!」だった。しかも、二回も口にした。
朝が来てから、ボクとシラユキは、寝言について話し合うコトになった。
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現実のシラユキ「……待ってタダヒコ、サラダがフクロウになるほうの寝言を忘れてない?」
現実のタダヒコ「いや、それは夢では聞いていないと思う。もし最初からそちらも耳にしていたら、ボクは奇妙な寝言に引っ張られ……かえって明確な不安をいだかなかったハズだから。これから浮き出てくる悪夢を用意するには、寝言を絞っておく必要がある」
ユキ「タダヒコが例の寝言に行き着く必然性……。今回の夢では、それが事実よりも優先されているというコトだね」
タダ「まあね。とはいえ寝言を絞るのは、とくに印象に刻まれうる初回だけ。それ以降は、ボクのイメージがあふれて、無制限に寝言を意識するんじゃないかな……」
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まずシラユキは謝った。「寝言は本心じゃない」と言った。
ボクは「なにか変な夢でも見たのか」と聞いた。
しかしシラユキ自身には、夢の記憶がないそうだ。
ここでボクは、シラユキが実際にどんな夢を見たのか想像してみるコトにした。
二度の「ぶっころ」から察するに……憎い相手が目の前にいたと考えられる。
おそらく同一人物に対しての言葉だろう。どちらも似た調子の金切り声だったから、罵倒の対象も同じだった可能性が高い。
とはいえ、憎い相手を確認したと同時にシラユキが「ぶっころ」と口にしたとは思えない。そこまでシラユキがケンカ腰だったなら、もっと寝言に罵声が飛び出しているハズだ。
つまり今回の「ぶっころ」には、それなりの理由が存在すると考えられる。憎い相手がシラユキにひどいコトをしたからこその「ぶっころ」と推測できる。
では具体的に、どんな目に遭わされたのか。
「さすがに、これ以上は考察できない。『ひどいコト』なんて、いろいろ考えられるし。せめて、ほかにも寝言があれば……」
「いや、ありがとう。どんな夢を見たかは忘れたけれど、ワタシはタダヒコに『ぶっころ』って言ったワケじゃないと思う。それをわかってくれたなら、もう安心かな」
「最初から疑ってないよ」
「いいの? 簡単に信じちゃって。起きていたワタシがタダヒコに『ぶっころ』と叫んだ可能性もあるんだよ。それをごまかすために、寝言のように繕っているだけかも」
「もしシラユキが本当に『ぶっころ』とボクに言ったなら、そういう、自分にとって不都合なコトを本人に指摘するハズがない。知らないフリをして、寝言で通せばいいんだから」
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ユキ「確かに……寝言をよそおって『ぶっころ』と口にした可能性もあるって――ワタシ、言った覚えあるなあ。カギになりそう」
二つの足首をそれぞれ左右の手でつかみ、崩れた正座を揺らすシラユキ。
ユキ「でも、そのあとのタダヒコのセリフは、なんか違うね。ここで、本格的に現実から分岐するのかな」