反対の自分をえがく意味
あぐらの片膝を立てているボクに対し……シラユキは、やや丸めた手の平で自分の両膝をおおった。
シラユキ「そしてタダピコ、さらに言うと……夢のなかでタダヒコは、ワタシだけじゃなく、もう一人に対しても逆のイメージを適用している」
タダヒコ「え? 夢にはシラユキ以外の姿は、なかったけど」
ユキ「それは、ワタシとタダヒコの夢だったんでしょう」
タダ「まさか……! ボクがボク自身に対して……?」
ユキ「人格を逆転させたイメージを適用するコトは、自分に対しても可能だよ。夢において人は、普段からは想像できないような自分になったりする。結果、寝言として不可思議な言葉がこぼれうる」
右の口角だけを上げ、低音の笑い声を漏らすシラユキ。
ユキ「前にワタシさ……は虫類に関するタダヒコの寝言について、『たとえ寝言でも、タダヒコの口から出てきそうにない言葉だ』って決めつけてたよね。だけど、あのあと……自分で言ったコトが本当か疑わしくなった」
タダ「どうして」
ユキ「だって我が身を振り返れば、ワタシの寝言だって、考えられないモノばかりじゃん。『ぶっころ』にしても『えんやこりゃ』にしても……。だからタダヒコも、考えられない人格を脳内で持ちうるし、結果、『は虫類』として発言するかもしれない。そう反省した」
タダ「だからこそシラユキは、現実や夢における『人格の反転』という発想に至ったのか」
ユキ「うん。思えば『ぶっころ』といった寝言についても『夢のなかのワタシ以外の誰かがしゃべったコト』って前提で話を進めなかったワケだし、その時点でタダヒコも『誰かに対して普段とは違うイメージをえがくコトは可能』と気づいていたんじゃ、ないかな」
左の口角も上げ、シラユキがイタズラっぽく、ほほえむ。
ユキ「ひどい寝言をくりかえすワタシが言ったら、説得力あるでしょ」
タダ「確かにシラユキの高い声の寝言も、反転したイメージの一つなのかも」
ユキ「そういう不可思議な寝言を『本性のあらわれに違いない!』と断ずるのは早計。でも『本音とは全然関係ない』と言うのも足りない。不可思議な夢と寝言は、『ワタシ』といった固定的な観念を破り、かつ、もう一度『自分』を組み上げていく過程なんだと思う」
タダ「つまりボク自身が、あえてボクから離れた自分になるコトで、今まで知らなかったボクを発見する……ただし、その新しいボクのすべてを受け入れるワケじゃなくて……起きたときに、どこまでを本当のボクとするか、あらためて決める必要がある……。とすれば」
夢のたびに「自分」が再設定されるコト自体は、ボクもすでに考えていた。
しかし、その変化の「意味」については、まだまだ考察が足りなかったようだ。
少しのあいだボクは目をつぶり、ひとりごとのように言葉を連ねた。
タダ「不可思議な夢や寝言は、夢のみならず現実の自分を再構築している証拠でもある。ボクが『キミ』という二人称を使ったのも、ボクという人間の別の可能性に踏み込んでいたから。……とはいえボクが自分で言ったら、自分をかばっているだけって感じもするなあ」
ユキ「いいじゃん、どんどん自分を擁護していこう。ついでに同じ状況にある、ワタシ自身も救われるから」
タダ「ありがとう。そう言ってもらえると、気がラクになるよ。そういう考えがあるコトだけじゃなくて、そういう考えを持っている人がいるって気づくコトが、なにより心強さを与えてくれる」
ユキ「ふーん。それを聞いて、あらためて確信した」
両の口角を緩やかに下ろし、シラユキが目を細める。
ユキ「……やっぱりタダヒコだ。『それは、こっちのセリフだ』ってセリフを言いたくなるほどにタダヒコだ」
タダ「そこまでのコトは言ってないよ」
ユキ「なんにせよ夢や寝言におけるタダヒコは、本物のイメージそのままじゃない。そもそも今、目の前にいるタダヒコが『出ていけ』とか――」
ここでシラユキは言いよどみ、ボクの顔色を観察した。
もう一方の寝言を軽々しく口に出せば、それを発してしまったボクの心を傷つけるかもしれない……そう、心配してくれたのだろう。
だがボクも、ここまで来て逃げるつもりはない。だから、うなずき、次のセリフを促した。
シラユキは小さく、あごを縦に振った。
ユキ「――『結婚するんじゃなかった』とか、たとえ、どんなコトがあっても、言うワケない」
タダ「それこそ、わからないよ」
ユキ「少なくともワタシが、そう思っているって話だよ」
このシラユキの言葉を聞いて、ボクは気づいた。
(お互い、他人はおろか、自分のコトさえ、すべてをわかるワケじゃない。ただ、相手のコトを信じようとする……そんな事実が成り立つのなら……)
そうやって、信じたり信じられたり、思ったり思われたりして、できあがる自分もあるのかもしれない。
ユキ「まあ以前、『この人はそんな人じゃない』ってセリフは現実では通用しないって言ったけどさ、それを理解したうえで、ワタシはタダヒコを見ているつもり」
前のめりになり、シラユキがボクに顔を近づける。
ユキ「タダヒコは、ワタシをどう見ればいいか、わからなくなった。同時に、誰かを観察する自分自身に対してすらも、本当にこれでいいのかと考えるようになった。それで、自分にも反対のイメージを持った。従来の視点にある自分を見つめなおすために」
タダ「ありがとう、シラユキ。……シラユキと話していると、本当に落ち着く。自分がこれから、なにをすればいいのか、見えてくる」
ボクは立てていた片膝を倒し、もとのあぐらの体勢に戻った。
タダ「――そろそろ、夢の再構築に取りかかろう」