あえて逆のイメージを
ボクの過激な寝言について、シラユキは「夢のなかで自分がひどいコトをしでかしたから起こった」と推理した。
しかし――。
立てた片膝にあごを載せ、ボクは声を低くする。
タダヒコ「いくら夢でも変だ。そもそもシラユキは、ひどいコトをしない」
シラユキ「……わかんないよ?」
タダ「少なくともボクが、そう思っているってコト。このシラユキのイメージがボクの脳内にあるのなら、夢において、イメージに反するシラユキの姿を見るのは不自然なんだ」
ユキ「ふうむ、今は特別に……素人なりの分析が要るかもね。『どうしてその夢を見たのか』っていう。もちろん前に話したとおり、普段のワタシたちなら、夢の内容以上のコトを無理に説明する必要はないんだろうけど」
タダ「なるほど。今回に限り、背景を明確にしないと夢の全体像をえがけない、か」
ユキ「まあ『こじつけ』にならない程度に、あくまで『目安』として考えるのがいいかもね。ともかく、今回の寝言のもとになった夢……これを見た理由について、タダピコに心当たりは?」
タダ「最近、学校で児童から相談を受けたんだ。内容は言えないけど、家族に関するコトで。これをきっかけにして、別の家庭を意識したのかな」
目の前でうなずく顔を見つつ、ボクは言葉を継いでいく。
タダ「どうしようもなくボクたちの関係が、よそから見てどうなのかって気になって……結果、ボク自身がシラユキをゆがみなく見るコトができているのか、わからなくなって」
そうやって言葉を詰まらせながら話すボクにあいづちを打ったあと、シラユキが、こぶしのままで手をたたく。
ユキ「ワタシをどう見るかという問題なんだね。そしてタダヒコは、ワタシのよくないイメージを夢で作り上げた……。これについて、ワタシ、説明できるよ」
シラユキは、太ももに重ねていた、もう一方のふくらはぎも横に出した。
ユキ「タダヒコは誰かを観察するとき、あえて逆のイメージを想定するコトってない?」
タダ「悪い印象の人に対して『実は、いい人かも。自分がこの人に悪いイメージを持ったのは、相手が悪いからじゃなくて自分の見方が悪いからじゃないか』と思うようには、してる。結局、判断しているのはボクの主観。そんな相対的なモノで人を決めつけられないし」
ユキ「人格を逆転させてイメージするコトの、効果は二つ」
両手の人差し指を立て、それらを交差させるシラユキ。
ユキ「まず、視点の偏りの是正。さっきタダヒコが言ったヤツね。片方の視点ばかりだと不公平だから、そこに別の視点も加えるワケ。こうすれば、特定の見方に固執せずに済む」
タダ「そっか、逆に相手が好印象であるほど疑ったほうがいいっていうケースもあるよね」
ユキ「詐欺とか、あるし……それに、信じすぎると相手も窮屈だし、自分もいつか、大きな失望を味わうだろうからね」
ここまで言ってシラユキは、左手に立てた指を曲げる。
ユキ「……で、人格を逆転させてイメージするコトの効果の二つ目は、反証の獲得。人をそのままイメージして『Aである』と思ったとする。ここで、あえて同一人物に『Aではない』人格を想定する。この『ありえない』人格を否定するコトで、『やっぱり、もともとの人格のほうが正しい』と信じるってワケ」
タダ「たとえば知り合いに、服装や仕事の姿勢が、すごく、きっちりしている人がいて……一瞬だけ、『こういう人ほど、自分の部屋が汚かったりして』と考えるんだけども、直後に『いやいや、そんなワケないって』と自分で自分にツッコミを入れるようなモノ?」
ユキ「タダピコの説明のほうが、わかりやすいね」
タダ「とはいえ結局、反対のイメージを否定するなら……この場合、『視点の偏りの是正』が成立しなくなる?」
ユキ「問題ないよ、成立する。最終的にもとの人格のイメージを獲得するにしても、その過程で、逆転したイメージをいだいたのは事実だから。これだけでも視野は充分に広がっている」
右手に立てた指も折り、シラユキが軽く息をはく。
ユキ「どんなに相手を信じていても疑いのイメージをいだくコトは誰でもできる。『相手を大切に思っている・思っていない』『実は不満がある・ない』『本当は相手を信じている・信じていない』の話じゃなくて、ただ……可能なの。あらためて聞くよ。覚えは、ない?」
タダ「……あるね」
ボクが連想したのは、昨晩も思い出した、中学生のときの悪夢だ。
担任の先生に崖から突き落とされそうになった夢……。
それも、嫌いじゃなかった先生に。
もちろん、絶対にそういうコトをする人じゃないと今でも思う。
なぜボクは、その先生とは逆のイメージを夢のなかでえがいたのか。
実は心の底から疑っていたのか、本当は嫌いだったのか。
必ずしも、そういったマイナスの説明をそこに当てはめるコトはないと……たった今、シラユキが教えてくれたような気がする。
ただボクは、嫌いじゃない人に対して、別のイメージを想定できただけだ。
(極端な見方で視界が曇るのを恐れたから……。かつ、あえて逆の想像をして「そんなのありえない」と信じたかったから……。それらが原因だったとすれば、悪夢を見たコトに罪悪感を覚える必要はないんだ)
他者を見つめなおすために見る、そんな悪夢もあるのなら……。
タダ「あ、夢で見たシラユキについても、同じなんだ。それがボクの、シラユキへの潜在的な不信や嫌悪かもしれないと思うと、とても怖かった。でも、誰かに対して反対のイメージを持つコトは、とくに変なコトじゃないんだね」
ユキ「フに落ちた? 起きているときは反対のイメージの過剰な想像に対して理性が歯止めをかけるけど、夢ではタガが緩んじゃうからね」
タダ「加えてボクは……シラユキをどう見ればいいか、わからなく……なっていた。だから、その不安が夢として結実し、いつもはしないような極端な見方を夢中に作り出したというワケか」
ユキ「だろうね。ワタシ、『予知夢』は信じていないけど、いわゆる『逆夢』のほうは、自然に見るモノだと思ってる。自分の持つ『物事に対する逆のイメージ』を無意識のうちに組み合わせた結果、現実を逆転させた夢が生まれるんじゃないかな」