見えてきた
食後、例によって和室に移動する。
布団も座布団も敷いていない。ボクもシラユキも、ゆかの畳に、じかに腰を下ろす。
ボクは、あぐらで……。
シラユキは、正座である。
さて……ボクが見た夢を再構築するにあたって、注意すべき点を確認しておこう。
タダヒコ「今回の夢は、二本立て」
ボクは右手にピースサインを作る。
タダ「昨晩二回、ボクは自分の寝言で起きた。どちらも夢の最後にシラユキの姿が映っていた。つまりボクは類似の夢を二度、見たというコトになる」
シラユキ「まったく同じ夢でもないみたいだね」
シラユキは左右のこぶしをこすり合わせている。
ユキ「なぜなら一回目と二回目でタダヒコの寝言が違っていたから。ただし二回目の夢は一回目の夢の続きかもしれない。二つの夢は類似しているというより、前後編のようなモノなんじゃない?」
タダ「確かに。それから……ボクの夢はシラユキの言う『視聴型』ではなく『参加型』だった。人格もボク自身のモノだったと思う。したがって、『寝言はボク以外の誰かが口にした』という言い訳は成立しない」
ユキ「最後を覚えているとはいえ、焼きついた夢は少しだけなんじゃないの? どうしてタダヒコは『自分自身が確かに夢のなかにいた』って断言するのかな」
タダ「リアリティがあったから。二回とも、ほかでもないボクがシラユキの姿を網膜に映して、その方向に意志をもって言葉を伝えた」
ユキ「二つのセリフを夢のなかのワタシに言った……これも確定してる?」
タダ「アレは間違いなかった」
ボクは目の前のシラユキを確認する。
くっきりとした黒い瞳は、丸い。加えて、脇まで届く後ろ髪の毛先が、揺れている。
タダ「少なくとも、ボクは夢においてシラユキがそこにいるのだと意識していた。もちろん、夢では奇想天外なコトが起こりうる。たとえばシラユキそっくりの偽者が本当のシラユキと入れ替わっていて……それに気づいたボクが『今すぐ出ていけ!』と言ったのかも」
ユキ「いや、それは、おかしくない? だったら夢の最後の印象に関して、『偽者にだまされた』という感覚を少しは持つはず。それに、二回目の寝言においてタダヒコは明確にワタシの名前を呼んでいる。つまり夢のなかのワタシは終始、本物だったと考えられる」
タダ「なるほど……今回の夢の中心は、ボクとシラユキで確定か」
ユキ「夢の最後では、ワタシがタダヒコの目の前にいたんだよね。ほかに覚えている情報は? たとえば場所や時間とか」
タダ「脳みそからは例の寝言と『シラユキがボクの前にいた』という状況以外の記憶が抜け落ちている。シラユキの表情……そもそも立っているか座っているか――そういった情報さえ、つかめそうで、つかめない。なのに、鮮明に覚えている感じもするから変なモノだね」
ユキ「思い出せないだけかな」
タダ「まあ、実際は、時間も場所も具体的な状況も、あったんだと思う。シラユキの印象が強烈だったから、ほかの部分を忘れたってだけで……」
ユキ「だとすれば、夢に出てきたワタシの表情や姿勢、またはセリフに関しては覚えていそうだけど」
タダ「うーん……たぶん、そういったコトすべてを合わせてボクはシラユキを認識していたんじゃないかな。具体的な情報それぞれが、『シラユキ』という概念に集約されたって言えばいいのかな」
ここでボクは、あぐらの片膝を立て、息をついた。
タダ「そして概念的なモノに対してとはいえ、二つの寝言を、ボクは本気で言っている」
ユキ「……タダヒコ自身の気持ちじゃないんじゃ?」
タダ「厳密に説明すると、現実のシラユキに対してボクは寝言のような気持ちを思っていない」
すなわち、「出ていけ」や「結婚するんじゃなかった」といったコトを。
タダ「ただし、夢のなかではシラユキに本心からそういう気持ちで接したみたい。寝言と同時に湧いた感情には、確実に偽りがなかったし……。つまり、『実は夢でそういう脚本の演劇をやっていただけ』ってオチでもない」
ユキ「そういえばアサカが以前の手紙で『悪い寝言は本音じゃないと信じて』って伝えようとしたけど、やめた! みたいなコト、書いてたっけ。確かに、『いい寝言だけが本当で、悪い寝言はすべてウソ』と見なすのも無理があるし、タダヒコの感覚が正しいだろうね」
先月届いた、妹からの直筆の手紙……。
確か、文面には「困ったことがあればご相談ください」と書いてあった。かつ、「相談しなくても、だいじょうぶです」とも記してあった。
起き抜けのボクはどうだったか断言できないが、ごはんを食べたあとの……今のシラユキとボクは「だいじょうぶ」のほうだと思う。
相手の声が、いつも以上に頼もしい。
ユキ「あー、わかった。なんか見えてきた」
正座していたシラユキは足がしびれたのか、片方のふくらはぎを横にずらす。
ユキ「つまりタダヒコの夢に登場したワタシが、よっぽど、ひどいコトをしでかしたワケだ。タダヒコが感情を爆発させるほどの理由があったんだ」
タダ「まあ順当に考えれば、その可能性が一番高い。でもボクとしては、フに落ちない」
ユキ「タダピコ優しいし、物事を沈着に観察できる人だから……確かに安易に怒鳴ったりするとは思えないね」
タダ「それはシラユキのほう。ボクが引っかかるのは別のところ」