聞くや否や
……頭がガンガンする。
幸いにも休日だったので、支障は、ない。
一番に気になるのは、アレだ。
果たしてシラユキは、ボクの寝言を聞いたのか否か。
「タダヒコー。ごはん食べよう」
きょうはシラユキが朝食を用意してくれていた。
ダイニングの食卓につく。白米にみそ汁……どこか落ち着く。
「そういえばタダヒコ、きのう、ワタシの寝言は聞いた?」
「いいや」
本来はボクのほうがその質問をしたいのだが……やはり直接、尋ねる勇気がない。
「あれ、そうなの? ワタシ、珍しく夢を覚えてるんだ。てっきり、これまで以上にひどいヤツが飛び出したかと……」
「ふーん」
まさかシラユキ……探りを入れているのでは?
「やっぱりサラダがフクロウになったり、カエル型バルーンが破裂したりする以上にカオスな夢?」
「どっちかというと、ディストピアかな」
ここで、シラユキが天井を見上げる。
「その世界では、寝言を録音してネット上に公開するのが流行してるの。無許可の音源もたくさんある。有名人の信じられない寝言が拡散されてその人が引退に追い込まれたり、なぜか『自分』の寝言がネットに流れていて、家族に対して疑心暗鬼になったり」
寝言の録音って……ボクが夜に考えたコトの一部じゃないか。
口に出していたのか? いや落ち着け。偶然だ。
「その『自分』はシラユキのコト?」
「違うよ。前に話したっけ、夢には『参加型』と『視聴型』があるって。今回、ワタシは世界を外から観察する『視聴型』の夢を見た。だから『自分』にしても、ワタシ以外の誰かさん。ある意味『ひとごと』だから悪夢でもない。いいネタ仕入れたな、くらいの感覚」
わりと、いつもどおりだな。これは聞かれていないな。
「シラユキは深夜、途中で起きなかった?」
「起きたよ。夢が薄れる前に目を覚ましたから、その内容を覚えていたのかもね」
……ボクの寝言が原因なのか? やっぱり聞かれていたのか。
天井から目を離し、シラユキがボクに視線をやる。
「タダヒコは、なんか夢を見た?」
「全部は覚えてない。最後のシーンだけ妙に鮮明だった」
「かなり、いいモノだったのか。よほど、悪いモノだったのか。どちらか、だね」
「結構な悪夢だったと思う。起きたとき、汗もすごかったし。掛け布団を使いすぎたせいかな」
「まあ寝る前はちょうどよくても、眠ってるあいだに熱くなったりするモノだよね」
ん? 話題が布団のほうに……。つまり、夢や寝言自体にこだわっていない!
このシラユキの態度こそが、寝言を聞かなかったコトを示している。
よかったあー。
「ボクは、まだ眠たい。シラユキのほうは、どんな感じ? ディストピアっぽい夢を見て、深夜に目を覚ましたんだよね」
「そうだけど……きょうは、とくに気分がいいよ。初めて、タダピコの寝言が聞けたから」
確定的に聞かれてたーッ!
「本当にごめん」
ボクは箸を置き、反射的に頭を下げていた。
先ほどまでは冷静に話すフリを続けるかたわら、不安を心の底に押し込んでいた。
以前シラユキに指摘された、「言いたいコトを言えなかったとき、唇と頭全体をプルッと震わせる」――という自分のクセを出さないよう、注意してもいた。
だから、いつもより心理が圧迫されていた。
それをごまかすためだろうか、変なテンションになっていた気がする。
ともあれ今は、そんなハイテンションも、どこかに失せた。
「シラユキに対してボクは、ひどいコトを言った。もちろん、アレはボクの気持ちじゃない。でも寝言でシラユキを傷つけたと思うから……ごめん」
「あれれ? タダヒコ、自分の寝言、覚えてんの?」
「きのう寝てから朝までに二回……ボクはボク自身の寝言を聞いて起きたから」
「自分の寝言で目覚めるコトもあるんだ? ワタシには経験ないけど」
「たぶんシラユキは、すでに慣れきっているんじゃないか。だから自分の寝言を聞いても起きないんだと思う」
「日常になってるってコトかー。でもタダヒコは寝言を口にするほうじゃないから、そのぶんだけ自分のそれに、敏感に反応するってワケだ」
「そんなとこ、だろうね。ところで、さっき言ったとおり……ボクが自覚している寝言は二つだけど、シラユキはほかにも、なにか聞いた?」
「いいや。タダピコの寝言が三回以上だったってコトはないんじゃない?」