漏れなくボクもアレを言う
――仕事以外の交流をあまり持たないボクにとって、ほかの夫婦の事情など、ほとんど興味のないコトだった。
しかし今回、一人の児童と……夫婦に関する話をした。
図らずも、よその家庭を思いえがく機会を得た。
話をした宮先さんは、寝言などを手がかりにして父親の夢の最後を考えた。
そのオチは、夫婦と子どもが未来に「踏み出す」モノだった。
くしくも、この決着のつけ方は、ボクがシラユキの夢を最初に想像したときのモノに似ていた。
サラダがフクロウになる例の夢である。ボクは、あの夢の最後に……地平線に向かって気持ちのいい一歩を「踏み出す」シラユキを置いたハズだ。
踏み出すという一点によって、二つの夢が重なる。
シラユキとボクだけに共有されていた「夢の再構築」という営みが、ほかの夫婦に流れた気がした。
もちろん、その作業を児童に促したのはボクだ。後悔しているワケでは、ない。
ただ、ほかの夫婦を意識したとき……。
よそから見てボクたちの生活がどう映るのかと気になった。
世間体とか、ほかの家と比較して上か下かとか、そんなコトではなく。
シラユキは本当に今の生活によって満たされているのか――そればかりが心に引っかかる。
ボクの視点だけでシラユキを語っていいのかと……。
怖くなる。
最初から相手の心は、わからない。自分の心さえ、正確には説明できない。
だから人は、誰かと情報を共有し、他者とのあいだに事実を積み重ねるコトで、「その人の本当」を作り上げていく。
とはいえ、この作業が理想的なかたちでおこなわれるかは、別の問題だ。
情報を共有する視点そのものが破綻していれば、「その人の本当」もまた、破れたモノになるだろう。
実際のところ、ボクはシラユキをどう見ている?
結婚前から、互いに誤解がないように多くのコトを語り合った。
たとえば挙式や指輪が要らないといった価値観を確認し合った。相手の仕事内容に踏み込まないといったルールなども話し合った。
一緒に住み始めてからも、シラユキの夢や寝言と二人で向き合えた……ハズだ。
それでもボクは、シラユキを見るボク自身の視点の怖さをぬぐい去れない。
ボクたちの言う「夢の再構築」がもたらしているモノは、「人の本当」などではなく、個人の勝手な解釈をもとにする「破綻したイメージの押しつけ」にすぎないのでは……?
そんな恐れをいだきつつ、この不安を、打ち明けるコトさえできないでいる。
頼りないと思われるのが嫌で、虚勢を張っただけである。
久しぶりにボクが夢を……それもシラユキに関する夢を見て内容を覚えていたのは、シラユキ本人に対してボク自身が不安を覚え始めたせいだろうか。
そう考えるのも、ただの「こじつけ」なのだろうか。
* *
十一月中旬、深夜のコトだった。
「今すぐ出ていけ!」
ボクは、その言葉を口にした瞬間に目を覚ました。
夢のなかで発したセリフが寝言になって……それが目覚まし時計のようにボクを起こしたのだとすぐにわかった。
(思い出した、中学生のときに味わった感覚に似ている。確か当時、ボクは担任の先生に崖から突き落とされそうになる夢を見た。……別に先生のコトは嫌いじゃなかったのに。その手が迫る直前でボクは飛びおりた。瞬間、叫んだ。同時に起きた。……そして今は)
いつもの夜のとおり、暗い部屋に布団を敷いて横になっている。
汗が出ていた。このごろ寒くなってきたというコトで、掛け布団を多めに体に載せていた。少し寝苦しかった。
シラユキの寝息……あるいは寝息らしきモノが、ボクの頭の上から聞こえる。
すべては覚えていないが、夢の最後が脳に焼きついている。
目の前にシラユキがいた。シラユキ以外の人影は、なかった。それだけは確かだった。
(……まさか)
とっさにボクは口を押さえた。
右手の甲の、とくに親指と人差し指の下に広がる部分で、上下の唇をとめたのだ。
(さっきのセリフを……ボクがシラユキに言ったのか……?)
顔面だけでなく、体のすべての血の気が引いた。
シラユキは本当に寝ているのか? 聞かなかったフリをしているだけなんじゃ?
(もしシラユキが起きていたら、今の寝言を自分に対してのモノだと思いはしないか? ……ああ、シラユキも……ボクのそばで「ぶっころ」と言ったコトを意識してから、似た怖さを感じていたんだな)
あのとき、ボクはシラユキを理解したつもりだった。
しかし実際に自分が寝言でやらかしてしまってから気づいた。
一緒に住む相手にろくでもない寝言を漏らしたと自覚した本人がどれだけ不安にさいなまれるのか、気づいた。
本当のところ、ボクはシラユキの不安のすべてをわかっていなかったのだ……。