ループ・アウト
ボクは寝言から、宮先さんのお父さんが見た過去の夢を想像した。
シラユキがいれば、次のように要約したコトだろう。
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オレは資産家の令嬢に恋をした。
青い宝石の指輪を付けた、きれいな人だった。
いつしか将来のコトまで誓い合う関係になった。
しかしある日、彼女は告げた。海外に行く、もう付き合えないと。
謝る彼女は指輪を残した。
その宝石は今でも、青く苦い輝きを放っている。
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宮先さん「あ! これループもの……ですね!」
宮先さんはメモ帳をめくり、書いた内容を確認する。
宮先さん「最後宝石に映った思い出が……最初の『オレは、ある人に恋をしていた』のくだりから始まるんですね。こうして物語が振り出しに戻るってオチですかー。なるほど、そう考えれば……お父さんが、くりかえし同じ夢を見てたっぽいのにも説明がつきます」
タダヒコ「どこかツッコミどころは、あった?」
宮先さん「うーんと……まだ言ってないヤツで、なんかあるかな。大学の研究内容とかカラオケでなにを歌ったかとか、具体的じゃないのは……福生先生がメインの二人のコトを知らないから仕方ないとして」
タダ「あ、確かに、そこが不明瞭すぎた感はあるね」
宮先さん「いえいえ、先生はちゃんとしてますよ。お父さんとお母さんが結婚指輪をはめないコトについても、きっちり伏線回収してたし」
メモを読み返しつつ、宮先さんは首をかたむける。
宮先さん「そういえば先生。お父さんの見た夢は、そんなにドロドロしたモノじゃない……って言ってませんでした? でも先生の想像した話を聞いてみると、普通にメッチャ、ドロドロしてましたよ。互いに感情、ゲキオモですし」
タダ「……ホントだね」
宮先さん「浮気とかじゃなかったから、比較的ドロドロしてなかったとも言えるんですけれどね。にしても、よく小学生にこんな話、しましたね。もっと子ども向けにアレンジしたり、しないんですか。いや、ワタシとしては、ゲキオモなの大好きなんですが」
タダ「宮先さんのお父さんが直接話せない内容で、それでいて自由に想像してもいい内容なら……『限りなくドロドロになりすぎないドロドロ』が正解っぽくないかな。できるだけボクは、それらしい過去の夢を想像しただけだよ」
宮先さん「先生って意外に想像力ありますよね。合っているかは、ともかくとして……普通、寝言だけで、ここまでイメージできませんよ。せいぜい、『嫌な過去の夢でも見てるのかな』って思って終わりです。慣れていますね。……いえ、その理由も聞きませんけど」
宮先さんが、メモ帳をパタンと閉じる。
宮先さん「でも福生先生。その思い出の品を見つけた父が、そんなに深刻そうじゃなかったワケが……ワタシにはわからないんですが。苦い思い出の詰まった指輪が出てきたワケでしょう? 昔のコトを思い出して、かえって気持ちが沈みません?」
タダ「時間が流れて、過去と向き合えるようになった……それが誇りと自信になるハズ」
宮先さん「うーん……なんか、そこは先生に賛同できないっていうか。苦い思い出は、いつまでたっても、苦い思い出ですよ。解決するのは時間じゃなくて、もっと実質的なコトなんじゃないかと思います。……あ。それはそうと先生、今、何時何分ですか」
タダ「あとちょっとで、昼休みは終わりだね」
宮先さん「みたいですね」
身を乗り出して、宮先さんがボクの腕時計をのぞき込む。
宮先さん「じゃあ学校から帰ったら、先生の話してくれたコト……お父さんに全部話すけど、いい? これがお父さんの見た過去の夢じゃないかって」
タダ「構わないよ」
宮先さん「ありがとうございます」
立ち上がり、礼をする宮先さん。
事務室を出ていくときに、その口から小さなつぶやき声が聞こえた。
宮先さん「だけど夢の内容、ほとんど先生が想像してくれてたよね。ワタシ、座ってメモをとってただけ……これで、いいのかなあ。宿題でズルした気分。ワタシの家族のコトなのに……なんか、まだワタシだけが考えられるコトが、あるんじゃないかなあ」
* *
次の日の昼休みも、宮先さんが事務室に来た。
「先生、すごいですね」
宮先さんは椅子に座り、両手にこぶしを作った。それらを振った。
「お父さん、うなずきましたよ」
「確か、正解だったら無言でうなずいてくれるんだっけ」
例によってボクもパイプ椅子に腰を下ろした状態で、宮先さんと話をする。
「もちろん全部が合っていたワケじゃないと思うけど……だいたいの流れが同じだったってコトかな。役に立てたようで、よかった」
「指輪の件も含め、お母さんとも、ちゃんと話したみたいです。しかも、きのうは父の寝言がありませんでした。夢のループから抜け出したんでしょうね。母との仲も壊れるコトなく……我が家も、だいじょうぶそうです」
「そっか」