どうか大事にしないでね
宮先さん「ここで父の寝言、三連発ですね」
宮先さんはいつの間にかメモ帳を取り出し、それにボクの話を書きつけていた。
お父さんが見たかもしれない、過去の夢の想像を……。
宮先さん「すでに伝えたとおり、一夜につき寝言は三分ほど続きます。先ほどの福生先生の話なら、時間的にも問題なさそうです。夢自体は、もっと長かったんでしょうが……とくに寝言のときに、お父さんの感情が高ぶったんでしょうね」
宮先さんはボクを見つつ、鉛筆を手で回す。
宮先さん「……って、おかしくないですか? 夢のなかで『アタシが悪かった』とか言ったのは父じゃなくて元カノのほうなんですよね。なんでそれが、お父さんの寝言になるんです」
タダヒコ「夢自体はお父さんの脳内の出来事だから、そこにいる元カノの言葉も……ある意味ではお父さん自身の言葉のうちと言えるんじゃないかな」
きのうシラユキと話した内容――「夢では他人の言葉が自分の言葉になりえる」というコトを思い出しながら、ボクは説明する。
タダ「そしてお父さんは夢において、自分じゃなくて彼女を主人公に設定したんだと思う。当時ほれていたのなら、自分よりも彼女のほうに焦点を当てるのも、うなずける。お父さん自身は語り手として夢を見た。結果、彼女の言葉が自分の口から出たのかもしれないね」
宮先さん「はあ、わかりました」
半分理解したような、半分納得できないような、そんな表情を宮先さんがボクに向ける。
宮先さん「ところで……先生が父の夢に関して、『仕事で稼げるようになってから指輪を手に入れた』という設定にしなかった理由ですが、こっちのほうは自力で理解しましたよ。『海外に行くから別れる』ってシチュエーションが茶番になるからでしょ?」
タダ「うん。その場合、『離れたくないなら、一緒に行けばいいだけでは?』ってツッコミが入るだろうからね。あと……互いに経済的に自立しきれていない大学生であるほうが、自然なかたちでストーリーを組みやすかったし」
宮先さん「ごめん、『今どき、そんなお嬢さまなんているの?』ってワタシ、ツッコんでいい?」
タダ「そこを指摘されると弱いね」
宮先さん「……そこは反論してくださいよ。そもそも過去のコトを夢として見たって前提なので、『今どき』じゃないですし」
タダ「まあ絶対にいないという証拠もないか」
宮先さん「はい。……で、先生は『アタシが悪かった』という言葉の意味を、『結婚を約束したのに結婚しなかった』という意味で解釈したんですよね」
鉛筆の削っていないほうのはしで、宮先さんがメモ帳をたたく。
宮先さん「ほかにも考えられません? 元カノが悪いコトをやらかして刑務所にぶち込まれたとか、隠していた浮気がバレたとか……」
タダ「どうだろうね。そうだとすれば、相手が一方的に悪いと言える。この場合、思い出の品として青い宝石の指輪をとっておいたり、するかなあ。お父さんにも後ろめたさがあったからこそ、その指輪を捨てるコトも、売るコトも、できなかったんじゃない?」
宮先さん「確かに……相手だけが最悪だったという話なら、その人を連想させるモノなんて普通は手もとに置いておきたく、ないですね。あれ? でも、まだ青い宝石の指輪は父のもとに渡っていませんよ」
タダ「今から話すよ。これ以上……語るコトは、ほとんどないけれど」
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カラオケボックスを出る際、彼女はオレに指輪を握らせた。
青い宝石の指輪だった。
小遣いとバイトの給料を合わせて買ったと以前に聞いていた。
それは、ずっと彼女がはめていた指輪でもある。
おわびの、つもりだろうか。
「売っていいよ。捨てていいよ。壊していいよ。どうか大事にしないでね。……それ、中途半端なアタシの象徴みたいなモノだから」
オレはなにも答えず、指輪を握り込んだ。
宝石のかどが当たって、痛かった。
以降、彼女とは連絡がつかなくなった。
……結局。
オレは、指輪を手放すコトができなかった。
あのときの彼女に未練を覚えていたのかは、自分でも、わからない。
おそらく……中途半端なのはオレも同じだったから、その性格を象徴するという、青い宝石の指輪を投げ出せなかったのだろう。
思えば、彼女のきれいなだけではない内面にひかれたのは、そこにオレ自身の姿を見たからでもあったのだろうか。
ともあれ、あれから時間がたち――オレが別の人と結婚するコトになっても、指輪を始末できなかった。
これは、もはや恋愛の記録ではない。ある意味では、のろわれた思い出の品でしかない。
見つかったところで、言い訳するコトなど、なにもない。
結婚指輪も要らないと思った。オレにとって指輪は、なにかを祝うモノではないから。
今のパートナーは、「それでいい」と言ってくれた。
……そして子どもも産まれて、その成長を見守るなかで、いつしかオレは指輪のコトを忘れていた。
それは、オレが中途半端な人間ではなくなったからなのか。
いや、そうでもない。
なぜなら、まだオレは指輪を捨てられずにいる。
どこにしまったか。ホコリを払って見てみよう。輝いて見えるだろうか。
きっと宝石の指輪は、いまだに苦い思い出を封じている。
当時の光景を、限りなく青く映し出す……。
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これで、宮先さんのお父さんの……夢の再構築は終わりである。