三連発
ボクこと福生タダヒコは、宮先さんのお父さんの寝言をもとにして、その夢を再構築するコトにした。――シラユキに対して、これまでやってきたように。
当のお父さんは昔の夢を見ているようだが……ともかく、次の場面から始まると想定してみよう。
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オレは、ある人に恋をしていた。
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宮先さん「ちょっと……待ってください!」
タダヒコ「いきなりだね。設定がおかしかったかな」
宮先さん「恋ってところは、いいんです。たぶん、お父さんは……自分のコトを『アタシ』と言う元カノの夢を見てたんですよ」
タダ「まあ二人の交際をもとにした話になるだろうね」
宮先さん「でも問題の寝言では、お父さん自身が『アタシ』と言ってたワケでしょう。だったら、お父さん視点の夢でも一人称は『アタシ』になるんじゃ? 父が自分のコトを『アタシ』と呼んでいなかったのが事実でも、そういうコトにしなきゃ、つじつまが合わないのでは」
タダ「あくまで過去を夢として見たのなら、お父さんは、お父さんのままだと思う」
宮先さん「……そうですか。ところで先生。ワタシ引っかかるんですけど、これって、お父さんがお母さんと結婚する前の話ですよね。だったら当時の状況にある父を『お父さん』と呼ぶのも変かもしれませんね」
タダ「そのとおりだね」
宮先さん「みとめなくて、いいですって。揚げ足を取っただけなんですから。……気を取りなおして、お父さんの夢を想像していきましょう、福生先生!」
タダ「うん。で、肝心の『オレ』が恋したのは――」
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その人は、資産家の令嬢だった。
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宮先さん「相手は、お金持ちのお嬢さまだったってコトですか?」
ここで、ハッとして宮先さんが自分の口を押さえる。
宮先さん「……あ、ごめんなさい。いちいち質問してたら、昼休みじゅうに終わらないですよね」
タダ「気にしないでいいよ。……今回の話に関係ありそうな、例の青い宝石の指輪は高価なモノだったワケだよね。だったら、それなりの経済力が背景にないといけないんだ」
宮先さん「元カノのお嬢さまのほうが指輪をお父さんに贈ったと先生は考えるんですか。でも、お父さんが指輪を買ったという可能性もありますよ。仕事が軌道に乗ってから」
ついで興奮したように、まくし立てる。
宮先さん「……もしくは元カノのほうが稼いでいて指輪をプレゼントしたとか? いや、付き合ってたのが女の人とも限りませんね。本当は、元カレかも?」
タダ「元カレでは、ないと思う」
宮先さん「なんでです」
タダ「今、お父さんが結婚しているのが、お母さんなんだよね。だから、もともとお父さんの恋愛対象は女の人だった……と考えたほうが自然じゃないかな」
宮先さん「だとしても、『どっちもいける』かもしれないですよ」
タダ「言われてみれば。これについては、ボクのほうが視野が狭かったみたい」
宮先さん「でも、ややこしいので元カノってコトにしておきましょう。よく考えれば、付き合っていた人の性別は、この話の本質じゃないですし」
タダ「そうだね。あと、仕事で稼げるようになって高価な指輪を買ったというのも、ちょっと考えづらい。例の寝言を説明するには……もっと極端な状況じゃないといけない気がする」
宮先さん「ふーん。先生……なかなか容赦なくワタシの考え、否定しますね?」
タダ「あ、ごめん」
宮先さん「いえ、ダメならはっきり言ってくれたほうが、ワタシとしてはうれしいです。ワタシの目的は先生から全肯定されるコトじゃなくて、お父さんの見た昔の夢がどんなモノだったか想像するコトですから。……続けてください。もう、できるだけ邪魔はしません」
タダ「そ、そう。えっと、資産家の令嬢に恋をしたところまで話したから次は……」
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彼女とオレは大学で知り合った。
二年次に、ゼミで一緒になったのだ。
最初から彼女は、人と違う雰囲気をまとっていた。
話を聞く姿勢も、自身の研究を発表する姿も、堂々としていた。きれいだった。
ある日、とくに理由もなく、大学内の食堂で彼女と一緒に食事をした。
そのとき、彼女自身の話を聞いた。
彼女の将来は決まっていた。親の会社のあとを継ぐべく、育てられてきたらしい。
この大学に来たのは、彼女のワガママだそうだ。
「アタシ、自分に許された最後の時間として、大学生活を満喫したかったの」
彼女は青い宝石の指輪をはめていた。
大学生になってバイトを始め、給料をコツコツためて買ったそうだ。その指輪が、自分の力で頑張った「あかし」だという。
「といっても、今までためてきたお小遣いと合わせなかったら届かなかったよ。……中途半端だよね、アタシ。もっと待てば、本当に自分だけのお金で買うコトもできたのに」
オレは彼女の、きれいなだけではない内面を見た気がした。
それが、かえって別の魅力を彼女に与えているようでもあった。
以降、オレは彼女のコトが気になり始めた。食事にさそう回数が増えていった。
だんだん、食事以外の用……たとえばゼミの研究発表の準備などで会うコトも多くなり、ついには、お互いに「付き合ってほしい」と言うコトもなく、自然と恋人に似た関係になっていた。
もちろん、その中途半端な関係がずっと続くワケもない。
いやおうなしに時間は流れる。
オレも、大学卒業後のコトを真剣に考えるべき時期に入った。
スーツを着て就職活動を始める。
そんなオレの姿を、すでに将来の決まっている彼女が気まずそうに見ていた。
希望していた企業の内定が出たとき……オレは彼女に報告した。
彼女は「おめでとう」と口にしたあと、「将来、結婚しない?」と言った。
このタイミングで伝えるべきコトでは、なかったかもしれない。
おそらく、大学生活がもうすぐ終わるという焦りが、彼女自身に告白を促したのだろう。
オレは、すぐに「そのときが来たら結婚しよう」と答えた。
それからは……ゼミが終了し、彼女とオレが大学を卒業するまで、変わらない関係を続けた。
もう中途半端な関係じゃないと信じていた。
卒業式後の三月末。
彼女がオレをカラオケボックスに呼び出した。
互いに、たくさん歌った。……まるで彼女が、歌というかたちでワガママを発散しているかのようだった。
歌い疲れた彼女が、部屋のなかでオレに言う。
「……ごめん」
それを聞いて困惑するオレの名前を呼んで、彼女は声を震わせる。
「アタシ、四月から海外に行くコトになった」
一瞬で、オレのほてった体と喉が、冷たい状態に変わる。
そんなコトは今まで一度も聞いていないと……込み上げる「なにか」を殺しながら口にした。
彼女も涙をこらえているようだった。
「だから、ごめん。もう付き合えない」
カラオケボックスにさそわれた理由を、オレは、そのとき理解した。
防音を徹底している、この場所なら、誰にも声を聞かれず言葉を話せる。
「親に、アタシが男の子と仲よくしているコトがバレちゃって。外で食事しているところを偶然お母さんの知り合いが見てたらしくて。それで、これ以上、一緒にいたらダメって話になって……両親と言い争いも、しちゃって。結局は家ごと海外に移住するコトになったの」
少しずつ彼女の声のボリュームが大きくなる。
「自分たちの都合で、そのくらい簡単にやるの、あの人たちは! おかげで、たくさんの監視もつけられた。ホントは、きょうだって会えなかったかもしれないけど……監視の人たちも『さすがに、かわいそう』と思ってくれたみたいで、一日だけ見のがしてもらったの」
彼女の喉がひくつき、しゃっくりのような音が言葉に混ざる。
「違う。なにアタシ、さっきから言い訳ばっかり……最悪だし最低だ。本当は、もっと前から、わかってたのに。思わせぶりな態度をとっていたクセに、キミに少しも相談せず、結局は直前になって打ち明けた。だからといって、親に対して食い下がるコトもなく……」
口をいっぱいにあけて、彼女が叫ぶ。
「いや、それも違う。親とか、誰かのせいじゃない。アタシが中途半端だったんだ……。駆け落ちしようと言う勇気さえない。そもそも面倒だって思われるのが怖くて、ずっと、なにも言えなかった。アタシは自分のコトばかり気にして、キミを信じるコトさえ、しなかった」
喉の奥から、かすれた声が絞り出される。
「アタシが悪かった」
対して、オレは「悪いのは、こっちもだ」と言った。
最初から彼女が「お嬢さま」であるのをオレは知っていた。そのような境遇にいる彼女と付き合う以上、半端な気持ちで交際をするべきではない。
なのに、オレは目の前の彼女しか見ず、その家族のコトを考えていなかった。
あるいは、オレは彼女の本当の気持ちからも目を背けていたのかもしれない。
ただ自分が恋愛という経験をしたいがために、彼女を利用しただけではないか。
結婚したい気持ちは、互いに本当だったと思う。
……それが、自分ばかりを見てまわりのコトを無視した結果の、幼稚な「本気」であったとしても。
オレは謝った。
我ながら自己保身でしかない。
彼女の唇と、ほおが、けいれんする。
「まず謝るべきはアタシだ」
何度も何度も、無言で頭を下げる彼女……。
そのあと、オレのあごのあたりに視線をやり、つぶやいた。
「アタシは裁かれてしまいたい」
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