想像するのは自由だからな
翌日も、ボクは学校の事務室で対面する。
父親の寝言を心配している、当の宮先さんと。
「きのう聞いてみたら、福生先生の言ったとおり……お父さん、先週の休みの日に部屋を片付けたんだって。なんでも『久しぶりにヒマだったから、なんとなく掃除した』とか……」
昼休みの時間帯。
座っているパイプ椅子に指をはわせながら、宮先さんが早口で言う。
「寝言を口にし始めたのも、その日の夜からで間違いないです。ワタシが『思い出の品でも見つけたの?』って言ったら、お父さんは『そうだよ』と答えました。思いきって『見せて』とワタシが何度も頼んだら……ちょっと恥ずかしそうに取り出してくれました」
宮先さんの父親が見せてくれたのは、指輪だったそうだ。
「ホントは学校に持ってきて福生先生にも見せたかったんだけど……まあまあ高価なモノらしくて、『持ち出すのはダメ』って言われました」
「いい、お父さんだね。万一、高いモノを学校でなくしたりしたら大変だからね」
「指輪といっても、結婚指輪じゃないですよ」
椅子から指をはなし、宮先さんが片手で輪を作る。
その輪の上に、こぶしを載せる。もう一方の手で作ったこぶしだ。
「大きい宝石が付いてました。本物かどうかは知りませんが……青く光って、きれいでした」
「お父さんは、その指輪を見て例の寝言を口にするようになったと」
「はい。きのうの夜も、『アタシが悪かった』を始めとする三つの寝言が飛び出しました。やはり父は、夢の内容を覚えていないとのコトです。『こんな寝言を耳にしてるんだけど心当たりない?』って、ワタシはとうとう聞きましたが、父はなぜか答えてくれません」
「知らないと言ったワケじゃないんだね」
「……『もしかしたら、あのときの夢かもしれない』ってお父さんは、つぶやきました。お母さんには直接、話してみるそうです。なのに、ワタシには教えてくれない。相当ドロドロした内容なんでしょうか」
セリフのわりに不満そうな顔も見せず、宮先さんは続ける。
「そこで、お父さんが提案しました。『オレからは話せないけど、想像するのは自由だからな。過去、オレにどんなコトがあったか……当ててみると、いいよ。正解を聞かせてくれたら、オレは無言でうなずくさ』って」
「面白いコトを言うお父さんだね」
「福生先生も考えるんですよ。お父さんが見た昔の夢について」
こぶしで、手に作った輪をトントンたたく。
「あしたまでの宿題って、きのう伝えたじゃないですか」
「うーん、どうしようか。まあボクもいろいろ考えたんだけど……『立場上、保護者のかたの過去に関して、これ以上の憶測を述べるのはよくないコトかもしれない』とも思っているんだ」
「先生のコトだから、そう言うと思って確認しておきました。父に『事務の先生と一緒に、お父さんの夢がどんなだったか想像してみていい?』って聞いたら、『あ、いいよ』とあっさりオーケーしてくれました。……生徒の相談に乗るのも先生の仕事ですよね」
「なるほど、そういうコトなら、協力するよ」
小学校に所属する子どもは「生徒」ではなく「児童」であるとか、学校事務に児童の心のケアは含まれていないとか、そもそもボクは正式な先生ではないとか、そういったツッコミも可能なのだが、目の前の宮先さんにとってボクは「福生先生」……。
ここまでの思いを見せられては、投げ出すコトもできない。
「お父さんの過去の夢を考える前に、確認したいコトが二つ、あるんだけど」
ボクは自分の腕時計に視線を落とす。
「宮先さんのお母さんとお父さんは、結婚指輪をはめているのかな」
そんなボクの問いに対して、宮先さんは、手のこぶしと輪っかを崩し、答える。
「いえ。先生のところと同じで、『そういうの、必要ない』って考えです。……でも、なんで、結婚指輪が気になるんですか」
「青い宝石の指輪と関係があるのかなと思ってね。……そして、もう一つ。自分の呼び方に関する、ちょっとしたコトなんだけど、お母さんの一人称は『アタシ』だったりする?」
……「アタシ」の「ア」にアクセントを置いて、ボクは聞いた。
対して宮先さんは、首を横に振る。
「違います。はっきり『ワタシ』のほうです」
ボクの質問に対応させるかたちで、宮先さんは「ワタシ」の「ワ」を強く発音した。
「お父さんの寝言の『アタシ』とは関係ないでしょうね。ちなみに今のワタシも『ワタシ』です。だから父の『アタシ』は家族の一人称をマネしたモノじゃないと思います」
「うん、教えてくれて助かるよ」
残りの休憩時間を腕時計で確かめたあと、ボクは軽く目を閉じた。
「それと、これも押さえておきたい。聞いた限りでは、お父さん……そんなに深刻な感じでもないね」
「ワタシも思いました。つらそうな寝言を口にしていたわりには、『自由に想像していい』みたいな、あっさりとした態度だもん」
「当の昔の夢は、そんなにドロドロしたモノじゃなかったのかも。お父さんが、すぐに宮先さんに話さなかったのは……お母さんのほうに先に伝えたかったからだとボクは思う。過去になにかあったのかと真っ先に不安になるのは、第一にお母さんだろうから」
「子どものワタシよりも先にお母さんに話を通すのが、お父さんなりのスジというコトですか。……まあ考えてみれば浮気ではなさそうです。そうだったら、指輪は証拠品。ワタシに、そのまんま見せるワケがありません」
「確かにね」
ボクも同意見だ。父親の態度からして浮気というコトは、ほぼないと見ていい。
(そもそも、特定の品が出てきただけで決めつけるのも、よくない。寝言で知らない名前を聞いたからといって浮気と断ずるのも理不尽と――そんなふうに思っているボクがここで変な邪推をすれば、ただのダブスタだ)
少なくとも、お父さんの見た過去の夢は決して子どもを悲しませるモノではない……そう信じたい。
「寝言は全部で『アタシが悪かった』『まず謝るべきはアタシだ』『アタシは裁かれてしまいたい』の三つだったよね」
「はい。それらを順番どおりに口に出します。一夜につき三つの寝言をそれぞれ一回ずつ。やっぱり三分以内で終わります」
「ありがとう。じゃあ、そういったコトを踏まえて、お父さんの夢を考えてみようか」
ボクは目をあけ、まばたきする。
「もちろん、これは夢の想像。あくまで、一つの事実の可能性にすぎない」