夢で話すのは誰?
和室に斜めに並べた二つの布団……。
その上に腰を下ろし、ボクたち二人は対座した。
両手を膝に置き、上体を前傾させるシラユキ。
「言ったとおり――夢で自分以外のしゃべった言葉が、その夢を見ている本人の口から出てくる可能性もあるとワタシは考える。根拠は三つ」
シラユキの丸い瞳がボクに迫る。
「一つ目。夢全体を所有するのは、夢を見ている本人だから」
……シラユキによると。
あらゆる夢は自己の脳内で完結する「一人芝居」にすぎない。
とすれば、夢のなかのすべての登場キャラクターは、「自分の一部」とも言える。
他人に見える姿さえ、それは「自己にこびりついた自分自身の記憶」をもとにしたモノだ。
夢中の他者を動かすのは、自己と切り離された他者ではなく、流れるような自分の恣意にほかならない。
作り出されたキャラの裏には、なによりも「自分」が隠れる。
主人公になりえない脇役の言葉も、夢においては、自分のなかで作り上げた言葉と同義だ。
よって……夢のなかで本人以外の誰かが口にしたセリフが、現実に眠る当人の口から出てくる可能性は充分にありえる。
それもある意味、本人の言葉なのだから。
「……なるほど、シラユキの言うとおり、夢は完全に自分だけの世界でもある。他人のしゃべったセリフが自分の言葉として処理され……そのまま寝言になっても変じゃない」
「そうそう」
首だけでなく、上半身全体を動かしてシラユキがうなずく。
「で、夢で他人の言ったコトが現実の寝言になりうる根拠の二つ目。寝言の条件として、必ずしも夢中の発語は必要ないから」
「そういえばシラユキと前に確認したっけ。『夢を見ないで寝言を口にする場合もある』って」
「それを踏まえて説明してみて、タダヒコ」
「……本当だとすれば、『寝言を発する際には、それと同一の言葉を夢で発音しなければならない』という条件は成立しない。この前提が、夢を見ていないときだけに限らず、夢を見ているときにも当てはまるなら……?」
自分のセリフとして発した言葉でなくとも、寝言にするコトは可能だ。
「夢のなかで自分がしゃべっていない場合でも、自分以外の発した言葉に連動して、現実に眠る自己の口が運動する――そんな現象が成立しうる」
「ワタシも同意見。ちなみに、夢で思ったコトが寝言として出てくるケースもあるだろうね。ともあれ三つ目……最後の根拠に行こうか」
ここでシラユキは小さく右手を挙げ、指を一本、二本、三本……順に立てた。
「そもそも夢はメチャクチャだから」
「あ……それ、今朝も言ったヤツだよね。カエル型バルーンの夢に関して、『本当にメチャクチャ!』ってさ」
「うん。これが一番、簡単だね。夢のなかは世界も時間も、総じて不安定」
立てた三本の指を、ボクの前で揺らすシラユキ……。
「だったら、『自分と他人の境界』だって例外なく安定しないハズ。どこまでが自分で、どこからが他人なのか? 現実でも明確な解答のない問題に……理性のぶっ飛んだ夢のなかで、答えられるワケがない」
「なるほど。夢では自分と他人が明確に区別されず、その境界がメチャクチャだから、他人の言葉が自分の言葉になりえるワケか」
「仮に一人芝居でなかったとしても――自他の区別が不明瞭なら、他者のセリフが自己にスッと入ってくるだろうね」
「結果、それが本人の寝言として結実するかもしれないんだなあ……。でもシラユキ、なんか妙にスラスラ答えてくれたよね。調べたの?」
「いや独断」
シラユキが右手を、正座のボクの膝に落とす。
「次回作で夢自体を題材にするつもりはないけれど、職業柄かつ性格上、ワタシ……こういう考察、嫌いじゃないもの。他人が作った心理学で自分の心を説明されるのが好きじゃないから……自分独自の心理学を持とうとするワケだね」
「そっか、ありがとう、シラユキ」
夢で本人以外の口にした言葉が、現実の寝言になりうるのなら――。
(宮先さんのお父さんの記憶にある「アタシ」と言う人物が毎日の夢に現れ、例の寝言を反復していると考えられる。それがお父さん自身の寝言として漏れているんだろう)
「……ボクも、わからなかったコトに対して答えを見つけられそうな気がするよ」
「よかった。仮定の話、したカイがあったね」
微笑しながらシラユキは、右手をスッとひっこめた。