一つの自分を引き当てる
ボクは帰宅してからも、考えていた。
宮先さんのお父さんが口にしたという寝言について。
判明している寝言は、次の三種類。
「アタシが悪かった」
「まず謝るべきはアタシだ」
「アタシは裁かれてしまいたい」
最近になって突然、これらの寝言を毎日くりかえしているらしい。
ただし、本人は「アタシ」という一人称を使ったコトがないという。
お父さんは、どんな夢を見ていたのか?
セリフからして、罪にさいなまれているようではあるが。
(昔の夢を見て、それにうなされるのは理解できる。わからないのは、一人称の「アタシ」なんだよな。本当は自分のコトを「アタシ」と言いたい――そんな願望の反映か? いや違う。もしそうなら、前から「アタシという一人称を含んだ寝言」を発していたハズだ)
夢において自分が主人公になる場合、「自分」という人格や立場は現在のモノから離れる可能性を常に持つ。
人は夢に入るたび「自分」を再設定し、一つの夢ごとに新たな自己を作り出す。
その際、一人称が変更される可能性は否定できない。
もしくは……自分の体や心そのものが再抽選され、結果的に性格自体が変わるコトもあるだろう。
性別、年齢、容姿、社会的立場などが、すり替えられる。
ときには人間以外の種族となって夢の世界をさまよう。
ただし、夢に入る際……俗に言う「自分ガチャ」を回した結果、毎回のように「罪にさいなまれるアタシ」を引くだろうか。
(一日だけならともかく、毎日はありえないな。となると、「お父さんの性格が夢のなかですり替わっている」という仮説も成立しない)
自分をアタシと呼ぶコトが本来の性格にもとづく場合は、毎日、同じ人格の夢を見ても変ではないのだろうが……今回のケースにおいて、この説明は通じない。
(どういうコトだ? 夢への解答が見いだせない)
* *
普段使用しない一人称が、日ごとに寝言として現れる背景とは……?
どうもわからないので、シラユキに意見を聞くコトにした。
もちろん児童の相談内容をそのまま話したりはしない。
職務上知りえた情報は配偶者に対しても漏らすべきではないし、なにより相談してくれた本人に「秘密は守る」と約束してある。
「ところでシラユキ……」
「なにタダピコ」
「これは仮定の話なんだけど」
和室で布団を敷きながら、ボクはシラユキに話しかける。
「寝言でボクが毎日、『オレさまこそがこの世で最低最弱の、は虫類だ』って口にし始めたらどう思う」
一秒もかけずに考えただけあって、我ながら、ひどいセリフである。
対してシラユキは、少しも笑わず真顔で応じる。
「そのときは、『あ、わたし夢のなかにいたんだ』って納得するかな。たとえ寝言でも、タダヒコの口から出てきそうにない言葉だし」
シラユキは、「なんでそんなコト聞くの」とも「そもそも、は虫類が人間の言葉を話すワケないじゃん」とも言わず、続ける。
「でもタダヒコは……現実で聞いた場合を想定してるんだよね。うーん」
しばらくウンウンうなったあと、再び口をひらく。
「本人じゃなくて、『夢のなかの別のキャラが言った』って説明は、どう」
「……へ?」
敷いた布団のホコリをガムテープで取りつつ、ボクは首をひねる。
「寝言は本人が言うモノじゃ?」
「確かにワタシたちは、これまでの『夢の再構築』に際して『ワタシの寝言は、すべてワタシが口にしたセリフ』という前提で話を進めた。でも実際は『夢のなかで自分以外のしゃべった言葉が、その夢を見ている本人の口から出てくる』コトもあるんじゃない?」
「つまり以前にシラユキが見た、高校のときの夢でたとえると――夢でシラユキ自身が発した『タダピコ』というセリフじゃなくて、夢のなかのボクが言った『熊野さん』のほうがシラユキの寝言として出てきたような感じかな」
「まあ、そういうコト。睡眠中のタダヒコの口から、なんだっけ……『オレさまこそがこの世で最低最弱の、は虫類だ』……って聞こえても、『これはタダヒコによるものじゃなくて、夢に登場したタダヒコ以外の別キャラが話したコトだろうな』って考えるワケ」
「だけど、その可能性を想定すると」
ボクはガムテープを丸め、部屋のすみのゴミ箱に入れる。
「今までのシラユキの夢も再考察する必要がありそう」
「それは、しなくていいよ。夢のなかで動いた自分の口は、現実のそれともリンクしやすいだろうから。やっぱり、『寝言は本人が夢でしゃべったコト』である確率が一番高いハズ。ストーリーが破綻しているときにだけ『別キャラのセリフじゃないか』と疑えばいい」
「たとえば本人がしゃべるハズのない、ありえない言葉を口にした場合とかだね。もちろん、『夢で演劇をやっていただけ』というオチも考えられるから、そのときは誰がどんなコトを言っても不思議じゃないね。いや、夢自体が一つの劇と言えるのかも?」
「うん。……そして『現実の本人の口から出た寝言が、夢中の本人の口から出た言葉とは限らない』とする根拠も、ちゃんとあるよ。……あ、布団、ありがとう」
シラユキは自分の布団の上に正座になった。
なんとなくボクも、向かい合って正座の姿勢をとる。