早起きは二度目の夢を見る時間
シラユキとボクは、一緒に住み始めて数日くらいは寝言のコトばかり話していた。
とはいえ毎日、寝言について言及していれば義務みたいになる。
だから以降は、一週間に三、四回くらいの頻度で話題に出すようにした。
シラユキの寝言自体は、ほぼ毎夜聞いている。
当然ながらシラユキも、寝ているときに必ず寝言を口にするワケではない。
またボクも、シラユキの寝言のタイミングで、いつも都合よく起きているとは限らない。
ともあれ慣れてくると、シラユキの寝言が心地よく……かえって安眠に誘導してくれる。
……ただ、その寝言を毎回のように考察し、夢の再構築を試みるのもしつこい感じがする。
ボクたち二人は、そんな結論に達した。
そもそも寝言や夢について、いつも語れる時間があるワケじゃない。そんな余裕があるにしても、互いにそれ以外の趣味の時間も確保したいのが人情だ。
寝言に関して想像を巡らすコトが嫌になったのではない。
毎日、仕事みたいに律儀にそれをこなす必要はない……というだけの話だ。
ボクとしては「シラユキが安心して眠れるようになるまで」寝言から夢を再構築する作業を続けるつもりでいる。本人も、そうしてほしいと言っている。
よくわからない寝言に確かな意味を与えるために、夢のかたちを修復する。
まだ完全にではないが……シラユキも、自分の寝言に対応する夢を想像するコトで、「寝言を聞かれて失望されたのではないか」とか「自分は寝言でこんなコトを言うほどに、おかしな人なのではないか」といった不安を払拭できているそうだ。
結婚して二週間以上が経過し……。
十一月に入ったばかりの夜の寝言は、次の四つだった。
「すごく大きなバルーン」
「カエルーッ!」
「目玉焼きの逆襲」
「えんやこりゃ、えんやこりゃ……」
なお、聞こえた順番どおりに並べてある。
いつものように寝言をもとにして、ボクが夢の再構築を済ませる。
それをシラユキが要約する。
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バルーンを飛ばすお祭りで、大きいカエル型のバルーンが破裂しました。
なかから出てきたタマゴをみんなが目玉焼きにしましたが、当のタマゴはカンカンです。
だから、みんなは協力して地球そのものをバルーンにしたあとタマゴと一緒にそれに乗り、仲直りするのでした。
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シラユキ「まさか『カエルーッ!』が、両生類のカエルと、タマゴが『ふ化』するという意味のカエルと、『自分の家に帰る』のカエル――以上、三つのカエルのトリプルミーニングとはね」
タダヒコ「といっても、シラユキが前に見た、サラダがフクロウになる夢よりは難解じゃないよ。導入の『すごく大きなバルーン』というセリフから、比較対象がまわりにあるのが想像できる。で、そのあとに驚いたというコトは、バルーン自体に不調が起こったというコト」
シラユキもボクも、その日は午前四時くらいに起きていた。
二つの布団を敷いた和室のなかで、互いに目がさえたまま……想像した夢を振り返る。
タダ「驚きを含んだ『カエルーッ!』は、『ぶっころ』に似た金切り声だった。よほどのコトが起こったらしい。カエルを連想させるバルーンが派手に壊れたんだろう。その勢いに恐れをなしてシラユキは帰ろうとした。かつ、ふ化するように、なかから生まれるモノも見た」
ユキ「そのあとのワタシの寝言に目玉焼きが出てくる。……それでタダヒコは、破裂したバルーンから現れたのはタマゴじゃないかと推測したんだよね。『目玉焼きの逆襲』とは、つまり不当に調理されたコトへのタマゴ自身のいかり。これを鎮めるコトが急務になる」
タダ「うん、タマゴと和解するためには、タマゴの宿っていたカエル型バルーン以上のモノを用意する必要がある。でも目玉焼きはメジャーな料理。反乱は全世界に及ぶ。だから、世界に匹敵するバルーンでなければタマゴの怒気を鎮められない」
ユキ「ここで注目を集めたのが、ワタシたちの立つ地球。それをバルーンにすれば、この世で最大の気球になり、タマゴたちを乗せて浮き上がってくれる。結果、タマゴたちは満足し、目玉焼きにした罪も許してくれるハズ」
タダ「みんなは一緒に『えんやこりゃ、えんやこりゃ……』とかけ声をくりかえし、一生懸命に頑張った。地球をバルーンに作り替え、熱気球のように浮上させた」
ユキ「簡単に言うけど、どうやって」
タダ「地球内部をくり抜いて袋状にしたうえで、そこに温かい空気でも入れたんじゃない?」
ユキ「適当すぎでしょ。SFやファンタジーにしても」
タダ「最終的に、みんなもタマゴも同じバルーンに乗り込んで、宇宙という空をどこまでも飛んでいく……」
ユキ「ここで今回のワタシの夢が終わると……。無駄に壮大だよね」
まだ暗いままの部屋で、シラユキの目が光った気がする。
ユキ「それにしてもタダヒコ、思わない?」
タダ「思う」
直後、ボクたちは同時に小声を発する。
タダ・ユキ「本当にメチャクチャ!」
小さく、小さく、笑い合う。
そのあと少し、二度寝した。
* *
(しかし……シラユキと一緒に暮らし始めてわかったけど、ネガティブだったり意味が不明だったりする言葉であるほど、寝言としては出やすいのかな。「ぶっころ」とか「目玉焼きの逆襲」とか)
たとえば平静で幸せな夢を見た場合よりも、ショッキングで痛みを伴う夢に遭ったときのほうが、取り乱してすっとんきょうな声を上げやすくなるだろう。
近くに誰かが寝ていれば、声の調子外れの度合いに比例して……その誰かを起こし、寝言を聞かれる可能性が高まる。
必然的に、人を不安にする寝言のほうが目立ってしまう。
とはいえ自分の聞いた「悪い寝言」は、おそらく本人の一割にも満たない部分なのだ。
残りの九割の夢で本人は、「いい人」として、「いい生活」を送っているのかもしれない。
ただ、プラスの側面が「いい寝言」となって誰かに聞かれる……という事象は成立しにくい。
それで、眠っている本人の口から出るモノが、悪い寝言・意味不明な寝言ばかりになり……結果、寝言を聞いていた側が「この人の本性は醜いものだ・理解できない」と勘違いするのかもしれない。
(だから、寝言でどんな言葉が飛び出したとしても、それをその人のすべてと見なすべきじゃない……)
とはいえ、あくまでボクが参考にしたのはシラユキの寝言。
それだけで「寝言とは絶対的に、こういうモノだ!」と言えるワケもない。
(ほかの家の寝言は、どんな感じなんだろう……。ボクの実家ではそういうのほとんどなかったから、わかんないなあ)
早起きした午前……睡眠と覚醒の中間くらいの状態で、ボクはそんなコトを考えていた。