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夢における透明

タダヒコ「で、話を(もど)すけど……ボクは今回の夢を、さっきシラユキが言った『参加型(さんかがた)』と考えていたみたい」


 ボクは立ったまま、布団(ふとん)の上のシラユキを見下(みお)ろす。


タダ「きのう……いや、おとといの、サラダがフクロウになる夢も同じ『参加型』と言えるだろうね。でも今回は、それだけじゃ『タダピコ』という寝言(ねごと)の説明がつかない。つまり、今回の夢は参加型ではなく『視聴型(しちょうがた)』……!」


シラユキ「映画館をイメージしてみて。上映されているのが、ワタシが高校にいたときの、タダヒコとの記憶(きおく)。それをワタシが観賞している構図だね。スクリーンに映る光景だけじゃなくて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


タダ「……それ、なんか矛盾(むじゅん)を生まないか。この場合、スクリーンのなかと映画館の席の二箇所(にかしょ)にそれぞれ一人(ひとり)ずつシラユキがいるコトになる」


ユキ「問題ないよ。人が過去を思い出すときだって、現在の自分と過去の自分が対比される。普段(ふだん)から自分の分身を作って記憶を(さぐ)るのが人なら、ここに不自然なところはない」


タダ「言われてみれば変でも、なかった」


ユキ「ほかに気になる点はある?」


タダ「うーんと……映画館のなかにシラユキがいたとすれば、そのぶん『高校』という舞台(ぶたい)を意識しづらくなるんじゃ?」


ユキ「たとえとして映画館を使ったけど、実際はそんなに、はっきりした場所から物語を見るワケじゃない。このとき、だいたいは『自分がどこからその物語を見ているか』わからないんだと思う。でも『透明(とうめい)な自分』に対して、なぜか違和感(いわかん)()かない状態で……」


タダ「そんな不思議な感じで夢を視聴しているコトもあるんだ? まあボクも覚えてないだけで、そういう夢を見ていたりするのかも」


ユキ「個人差は、ありそう。そして、物語自体への干渉(かんしょう)が無理である一方(いっぽう)で――映し出される光景の拡大や縮小が自在だったり、見る角度つまりアングルが調整可能だったり、映画内において視点を移動させるコトができたりするんだよね。別に(めい)せき()でもないのに」


タダ「すべてを見通せる状態だね」


ユキ「そんな、すごいモノでもないよ。夢でワタシは主人公としての地位を高校のときのワタシに(ゆず)って、()()()()()()()()()()()()()だと思う。過去が上映されているあいだ、話に没入(ぼつにゅう)するために集中して(だま)っていた。まさに『夢中』になっていたってワケ」


タダ「うまいね」


ユキ「ありがと」


 ちょっとだけシラユキがはにかむ。


ユキ「ともあれ『タダピコ』が『タダヒコ』呼びになってから映画は終わった。参加型の場合は、この時点で夢が()ち切られるけど……視聴型のほうは、観察している自己が観察対象を失ったあと『透明な自分』そのものが消えるまでに猶予(ゆうよ)があるんじゃない?」


タダ「本人がストーリーのなかに()()()なら、ストーリーが終了すれば即座(そくざ)に消失! ……という流れには()()()()だろうからね。ただし視聴する対象がなくなれば夢における自分の存在意義もなくなるから……どのみち、しばらくすれば消えそう」


ユキ「そう、ポイントは――()()()()()()()()()()()()()()()()()()――このあいだに起こった出来事(できごと)なんだよね。観察対象がないから、光景は()。または透明。その空白をうめるため……ここに、夢で見た情報が雑多なかたちで挿入(そうにゅう)される場合もあるかも」


タダ「ああ、なるほど。過去の視聴を終え、(だま)って観察する必要のなくなった夢中のシラユキ自身が、この時間帯に『タダピコ』と()らしたんだ。それが寝言になったというワケか」


 ただ少し首をかしげたくなる部分もある……。


タダ「でも、どうしてそのタイミングで寝言になるほどの『タダピコ』を?」


ユキ「高校のときの記憶を()り返った場合、一番に思い出されるワードは『タダピコ』になる。()()()()たくさん言ってきたし、その相手と今は結婚(けっこん)しているから当然の話だね」


 シラユキは(すわ)った状態で背中をかたむけ、ボクを見上げ続ける。


ユキ「同時にワタシは、もうタダヒコをタダピコと呼んでいない。()()()()()()()()()()()。だから透明な時間において『タダピコ』とつぶやいた。現在の視点から発音されたそれは、普通(ふつう)じゃなかった。違和感を(ふく)んでいた。だから印象深(いんしょうぶか)い言葉になり、寝言にのぼった」


 その違和感のおかげで、現在のシラユキがタダピコ呼びに引っ張られるコトはありえなかった。

 だからこそ、ここに『かい()』を感じるコトなく、シラユキは目覚めたあともタダピコではない「タダヒコ」と普通に(せっ)するコトができたと――そうシラユキは分析(ぶんせき)した。


* *


 ついでシラユキは、布団の上に背中を落とす。


「あのさ、タダヒコ」

「なに……?」


「きょうから、また、ときどきタダピコとも呼んでいい? あだ名とはいえ、ワタシが初めて自然に呼べた名前だから」

「いいに決まってるよ。初めてシラユキに名前を呼ばれた日のコトをボクも思い出せるから」


 そう言ってボクは部屋のあかりを消し、自分の布団にもぐった。

 暗闇(くらやみ)のなか、少し修正する。


「でも人前では勘弁(かんべん)して。さすがに、シラユキ以外に『タダピコ』って聞かれたくない」

「わかった。(ひび)きが、かわいいからね。……あとタダヒコもワタシのコト、また『熊野(くまの)さん』って呼んでもいいんだよ」

「そう……なら、(ため)しに」


 シラユキの制服姿(すがた)を思い出しながら、ボクはつぶやく。


()()()()

「なに、()()()()


「当時の呼び方に戻しただけで、時間まで逆行したような気がする。ちょっと危険かもしれない」

「そのときは、もう一度(いちど)


 低く、落ち着いた声が(やみ)のなかを満たしていく……。


「今の名前を呼べばいい。おやすみ、タダヒコ」

「うん。おやすみ、シラユキ」

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