ズレ
※「タダピコ」という一つの寝言からシラユキの夢を再構築中……。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
次の日の放課後。文化祭の準備の続きにおいて。
シラユキも例の男子も、普段どおりに周囲と接していた。
二人の仲が深まったという様子もない。互いに、話す機会もない。
ただしシラユキは、男子をチラチラ観察していた。
誰かに話しかけられたときの反応を見ていた。
ベクトルが違うとはいえ……自分に似たその人が、本当に自分と同じ孤独にあるのかと気になったからだ。
シラユキは人の顔と名前を覚えるのが苦手なだけで、他者への興味を喪失しているワケではない。
やはり、その男子は声をかけられてもすぐには反応しない。
ワンテンポおいて、対象が自分であるコトを確かめてから応答する。
ただし、肩をたたかれて話しかけられたときや、相手の視線の先に自分以外がいないときには、即座に反応を返す。名前を呼ばれたときも同様である。
(この人も、厄介な性分をしてるなあ)
とはいえシラユキは、自分とその男子を「完全な同類」とは見なさなかった。
なぜなら男子は平然と、シラユキを「熊野さん」と呼んだから。
(こっちは、向こうの名前も言えないのに)
そう考えているときに――大道具の準備をしていたほかのクラスメイトたちが、「買い出しに行く」と言って、いなくなった。
シラユキと例の男子が、その場に残った。
(しまった。ワタシがこの人のコトをチラチラ気にしているふうだったから、みんな空気を過剰に読んで、二人きりにしてくれたんだ)
そのとき彼らは「木」や「建物」の大道具を作成していた。
現状は、椅子に座ったまま机の上で……色の付いた紙をちぎって段ボールに貼り付ける仕事をこなしておけばよかった。
よって、シラユキと当の男子だけでも問題なかった。
やはり、どちらも黙って作業を進める。
シラユキの右斜め前に男子がいる。ただし気まずい感じはない。
その男子がいつも積極的に人に話しかける性格だったなら、自分の前で沈黙している様子を見てシラユキは申し訳なさを覚えただろう。
だが用がなければ話さないのがデフォルトならば、「今の沈黙も自分のせいではないのだ」と思える。だから安心なのだ。
(向こうも同じコトを思って、気まずさを感じないでいてくれるなら、いいな)
「――文化祭、楽しみ?」
そうシラユキが言ったのは、気まずさをごまかすためではなかった。
このまま安心感に飲まれるコトに、少し怖さを覚えたからだ。それで沈黙を破った。
だが、その男子は無視して作業を続ける。
(今は、ほかに誰もいないんだから……そっちに話しかけた以外にありえないじゃない)
さすがのシラユキもムッとした。
今度は腕を伸ばし、男子の肩をたたいてみた。
「ねえねえ、だから文化祭が楽しみか、なんだけど……」
しかし、これでも相手は無反応である。
紙をちぎり、それらを黙々と段ボールに貼り付ける。
なにか……このまま終わるのは、シラユキとしても悔しかった。
マジメに作業する相手を邪魔しているという罪悪感も確かにあったが――それよりも、自分のモヤモヤを払拭したいと思ってしまった。
「あのさ、名前、なんだっけ」
「……なんの?」
文化祭の準備に必要な質問かもしれないと思ったのだろう、ようやく男子が反応を返してくれた。
シラユキは、相手と目を合わせる。
「そっちの」
「ボクの? ……さすがに熊野さんも知ってるでしょ。同じクラスになって半年も経過してるんだから」
「顔すら覚えてないもの、誰一人。もちろん嫌いなワケじゃない」
「ふーん」
男子は作業の手をとめ、シラユキから目をそらす。
「福生タダヒコ」
「じゃあ、ふっ、ふっ……」
名前を呼ぼうとして詰まってしまったシラユキ。
微妙に視線を戻し、男子がまばたきを連続させる。
「無理しなくて、いいって」
「たっ、たっ……」
「下の名前だと余計に呼びにくくない?」
「タダピコ」
「……え? ちょっと違うかな。タダ『ピ』コじゃなくて、タダ『ヒ』コ」
「じゃあ、あだ名ってコトでいい? 本名じゃないなら呼べるかも」
「まあ……いいけど」
「タダピコ……文化祭、楽しみ? この呼び方なら、『自分以外の誰かに話しかけている』って思いようがないよね」
「個人的には楽しみじゃない。でも、楽しそうにしている、みんなを見るのは楽しい」
「そっか。答えてくれて、ありがとう」
シラユキはそれだけつぶやいて、作業に戻る。
手を動かしながら、例の男子あらため「タダピコ」が小さく声を出す。
「あの、ごめん。さっき二回も無視しちゃって」
「気にしてないよ、ウソだけど」
「普段あんまり話さない熊野さんが、文化祭の準備とは関係なくボクに話しかけてきたから、その……なんかの罰ゲームで嫌々そういうコトやっているかと思って」
「きのうのコトも含めて、全部ワタシが自分から動いたコトだよ」
「ホントに、ごめん……」
「いいよ、今後もタダピコって呼ぶのを許してくれるなら。実際に言ってみてわかったけど、これなら普通に発音できる。くりかえせば、人の名前を呼ぶのが苦手っていう、ワタシの弱点を克服できるかも」
「……好きに呼んでよ。だけど、なんか意外っていうか。……熊野さんって、そういう性格だったんだ? あ、もちろん、いい意味で」
「タダピコこそワタシのコト、拒絶したいなら、していいんだよ」
「しないよ」
それから二人は、黙々と紙をちぎり続けた……。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐