第三話 世界の裏側 ※
「、、、揺らぎの発生地点の観測、終了しました」
冷たい声が、地下施設の白い室内に響く。
数十枚の観測パネル。
その中央に、たったひとつ、赤い異常波形が浮かび上がっていた。
《原因対象:春川 燈矢》
「これは、、“因果への干渉”か?」
椅子に座っていた男が目を細める。
スーツ姿。銀縁の眼鏡。
その名は柊 真守。
公安庁・第六区画・特別観測官。
「観測地点の揺らぎが大きすぎる。ほぼ確実に、因果律そのものへ干渉されている」
柊は、揺らぎ発生地点の因果観測結果を表示する。
「やはり、直接的な因果への干渉が起こっている」
因果観測パネルへ映し出された観測結果には、明らかな因果への干渉の痕跡が残っていた。
「結果を書き換えた張本人は、変更前の記憶を保持したまま、駅の爆破という結果が起こらなかった事へ変わっている。この爆破は、、また奴らの仕業か。最近は、あまり大きな動きがないと思ったら、かなり大掛かりな事をしていたらしいな。何を企んでいた?、、、しかし、この規模の因果への干渉ーー」
「ーー世界の構造そのものへ干渉している、、、因果干渉系異能だな」
彼の隣で、別の人物が腕を組んだ。
結城 宗一郎。
公安庁・第六区画・異能教育係教官。
その表情は、興味と危険視とが複雑に入り混じっていた。
「観測結果から想定するに、まだ因果の“反転”といったレベルの干渉に止まっている様だが、そんな異能、通常の枠では収まらない」
「Σ因子か?」
柊が無言でうなずいた。
即座に端末を操作し、“対観測コード:S/Δ-04”の発動を要請する。
「春川 燈矢、、、この少年を正式に“監視対象コードΣ候補”として登録する。ただし、接触は慎重に。彼の行動を見るに、彼はまだ、自分の力を完全には自覚していない。無自覚のまま、因果へ干渉する者はーー」
「ーー取り返しのつかないほど世界を歪めかねない。注意喚起をするのなら、私ではなく他の奴等へした方がいい」
「、、それもそうだな、、、」
「それより、これは奴等にも勘づかれているぞ、、、いや、奴等だけでは済まないかもな」
「あぁ、迅速な対応が必要だな。爆破テロの目的についても、調査が必要だからな。それについては他に任せる。お前は、彼への対応に注力してくれ」
「そのつもりだ、安心しろ。彼は私が責任を持って教育する」
◆
「、、、何故失敗した?」
冷えた声が、薄暗い室内に響いた。
端末の光が、男の顔を蒼白に照らしていた。
スクリーンに映し出されたのは、昨日の爆破作戦の“エラーログ”。
「爆破時間、確定起動。作戦フラグA-03は作動済み。エラーログ内容は、、外的要因により失敗?いや、爆弾配置は完璧だった、、、なのに、、外的要因により起動に失敗?、、、プログラム、、は、やはり正常に動作している、、、おかしすぎる」
男の名は、朱鷺田 礼司。
“無名の檻”東側構成員。諜報・潜入・爆発工作のエキスパート。
今回の駅構内爆破計画の設計者であり、起爆信号を直接制御していた張本人だ。
「まさか、、」
彼は、公安の観測網から隔離された“独立因果観測モード”を起動し、爆破予定時の観測結果を確認する。
「これは、、」
「因果への干渉の痕跡。しかも、直接的な干渉」
朱鷺田の声に、背後の女がぽつりと口を開いた。
黒い外套をまとい、目元を覆ったその女の名は、クロエ・ミカド。
無名の檻・戦闘部門所属。今回の作戦には“監視役”として帯同していた。
「、、、因果が、流れ直してる。あの場にいた誰かが、“爆破という結末”を拒絶し、現実を再選択した、、、これは、“書き換え系”の干渉ね」
「選択されたのか、、、“何も起きなかった現実”が」
「見た感じ、まだ反転した結果しか選択できない様だけどね」
朱鷺田は歯噛みした。
今回の爆破は、ただのテロではなかった。
対象は駅そのものではなく、駅にいた“特定個人”の反応を見るための実験だった。
「Σ因子保持者、コードナンバー未登録。だが、観測結果のログのこの1名だけ、“爆破を記憶している”」
「それに、観測記録と現実がズレているのに、精神安定化が保たれている、、、」
クロエが短く呟いた。
「Σ候補。しかも、自己防衛特化型、、、面倒な芽が、また一つ、育ち始めたわね」
彼女の瞳に宿るのは、感情ではなく“選別”の意志。
必要なら排除。必要なら利用。
“世界を定義し直せる者”をどう扱うか。
それがこの組織の使命だった。
「元の観察対象の対応はどうする?奇跡的に、どの組織よりも早く見つける事のできたΣ因子保持の可能性のある対象だぞ」
「作戦は中断。彼女への対応は、引き続き監視するしかないわね」
「むぅ、、、惜しいがそうする他ないか。こっちは、確実なΣ因子保持者だからなぁ、、他の奴らに先を越されるわけにはいかんし、、、しかし、惜しい」
「それについてだけど、これ。丁度良さそうじゃない?彼は、直接観察する必要があるわけだし」
「、、、あぁ、なるほど。これは丁度いいかもしれんな。しかし、お前だけで向かうつもりじゃないだろうな?確実に別組織の奴等も動く。流石にお前でも、1人で複数人相手に対応するのは難しいだろう?」
「あまり気は乗らないけど、1人同行させるつもりよ。彼女については、そっちに任せるわ」
「了解した。名前は、、、春川 燈矢。調査対象に格上げ。監視フェイズに移行」
朱鷺田の指が、冷たい音を立てて端末を操作する。
一枚の写真が、スクリーンに浮かび上がった。
制服姿の少年。爆破前の防犯カメラに映った、無表情の青年。
何も知らず、ただそこに“いただけ”の一般人。
そのはずだった。
だが、今や彼は世界の因果を揺らがせた“起点”として、裏の世界の住人にマークされる存在となった。
全ては、“偶然”の産物。
そこに、“運命”など存在しない。
沈黙の中、クロエが小さく呟く。
「熟れた果実は早く摘んであげないと、直ぐに腐っちゃうのよね、、、壊すには、今がちょうどいい」