第二話 日常と非日常
あの日、燈矢はせっかく電車まで乗ったが、登校する気になれず、初めて学校を休んだ。
初めての欠席に、燈矢の姉の春川 葵が、それはもう燈矢が少し引くほどの取り乱しを起こして心配したりといったイベントがあったりしたのだが、割愛する。
そして、結局次の日になっても、学校へ行く気にはなれなかった。
しかし、姉のあの戸惑い様と、彼の毎日の習慣が背中を押す形となり、駅まで来てしまっていた。
朝の光は、昨日と何も変わらない顔をしていた。
蝉の声。蒸し暑さと共に、雲の切れ間から差し込む光。人の流れ。
スマートフォンには、普段通りのニュース。
事故も事件も、爆発も、死者も“何もない”。
けれど、燈矢の中には、確かに“あった”。
「、、、何だったんだ、あれは」
自分の声が、どこかよそよそしく響いた。
いつも通り、少し予定時刻に遅れながら電車が走っている。
ホームは、何事もなかったかのように人で溢れている。
昨日、間違いなく“爆発”はあった。
誰かが叫び、血を流し、崩れ落ちたはずだった。
だが、誰もそれを覚えていない。
ニュースは何も伝えていない。
証拠も、痕跡も、“ない”。
あるのは、燈矢の記憶だけ。
「俺が、、、なかったことにしたのか?」
その言葉に、足が止まりそうになった。
だが、自分でも意味がわからない。
ただ、そうとしか思えなかった。
“結果”が、何かに引きずり戻されて、別の“結果”に置き換えられた。
世界が、まるごと、書き直されたような感覚。
おそろしいのは、誰も違和感を持っていないことだった。
友人からのLI◯Eも、クラスのグループ通知も、何も変わっていない。
彼らにとっては、“昨日の通学”は、爆発なんて起きなかった“普通の朝”でしかない。
だから、自分だけがおかしいのだと、思い込むしかなかった。
(だけど、確かに見た。確かに、あった。死傷者も出たはずだ。にもかかわらず、、、)
電車が目的の駅に滑り込む。
ドアが開き人が流れ出す。
何もなかった朝のように。
何も変わらない街のように。
燈矢は、ゆっくりと足を踏み出した。
頭の中で何かが歪む音がしていた。
(気持ち悪い、、、)
でも、それでも、学校はある。教室がある。日常が待っている。
、、それが、間違いであったとしても。
「行くしかない、、よな、、、」
誰にも届かないような声で呟きながら、燈矢は、日常の続きを歩き出した。
◆
駅から校門までは、たった7分。
それが、どこまでも長く感じた。
歩いているだけなのに、肌がざわつく。
すれ違う生徒の顔が、見知ったものに見えなかった。
いや、見えているのに“確かめようとする意志”が働かない。
まるで世界が、彼を“背景の一部”にしようとしていた。
(なんだか、、俺だけ取り残されてるみたいだ、、、)
ふと、そう思った瞬間、喉の奥が苦しくなった。
校舎は変わらずそこにある。
グラウンドからは部活の声。
教室の窓は開いている。
誰もが、いつも通りの朝を過ごしている。
ただ、燈矢には、自分だけが、その“通り”から外れている気がしてならなかった。