第一話 干渉
春から夏に変わりかける初夏の季節。
暑苦しい駅のホーム内を時折吹き抜ける涼しげな風に、ホーム内の人々は一喜一憂する。
世界は、今日も平穏だ。
少なくとも、誰かがそれを“平穏”と名付けるならば。
春川 燈矢。
少年も、そんな日常の渦の中の1人だった。
歳は、十八の高校三年生。
家族構成は、父は失踪(捜索届を出すも、発見できず死亡と断定された)、母は幼少期に事故死。
兄弟は、両親の死後、1人で彼を必死に育ててくれた、頭が上がらない姉がいる。
幼少より姉の負担となってしまっている事への罪悪感や無力感からくる“自分がここにいていいのか”という漠然とした疑念を、“早く自分が姉を支えられるようになりたい”という強烈な存在理念へと置き換え、生き急ぐように勉学に勤しんでいるガリ勉。
それが、他にこれといった特徴のない彼の唯一の特徴だ。
朝の通勤・通学のラッシュに揉まれながら、スマートフォンを眺め、ニュースアプリを流し読みし、特に何かを考えることもなく電車を待っていた。
今日は少し眠かった。
昨日の夜はなぜか、胸の奥がざわついて眠れなかった。
理由もなく、何かが崩れ落ちていくような、不安とも恐怖とも違うざわつきが、眠気を遠ざけたからだった。
「ふぁぁ、、」
少し小さな欠伸をしながらスマホからホームへ視線を移す。
いつも少し遅延してやってくる電車が、今日もまた、予定時刻を過ぎてから急ぐようにやってきた。
(やっとかぁ。暑いのに勘弁してくれよほんと)
電車がホームに滑り込む直前。
世界が、弾けた。
轟音。爆風。焼けつく光と、飛散する鉄とガラス。
自分の身体が地面に叩きつけられる感覚。
耳が割れ、肺が押し潰され、目の奥に閃光が突き刺さる。
爆風が通り過ぎた直後、辺りは一瞬の静寂に包まれた。
空気が震え、砂塵が視界を覆い尽くす。
地面に転がった燈矢の身体は、数メートル先まで吹き飛ばされ、背中から硬いアスファルトに叩きつけられていた。
肺が押し潰されたような痛みとともに、燈矢は短く息を吐いた。
耳鳴りが鼓膜を突き刺し、周囲の音は遠く霞んで聞こえる。世界が少し傾いて見えた。
(何が、、起きた、、、)
奇跡的に意識を失わずに済んだ燈矢は、視界の端でゆらゆらと舞い上がる黒煙を見ながら、腕に力を込めようとした。
しかし、感覚が鈍い。
自分の腕でさえ、自分のものではないように思える。
全身に走る痛みは、火傷のようでもあり、打撲のようでもあった。
呼吸するたびに肋骨の奥で何かがきしんでいる。
「、、ッ、くそ、、、」
呻き声とともに、燈矢は片膝を立て、ぐらつく身体を支えるようにして両手を地面についた。
指先が、砕けたコンクリートの破片に触れる。血が滲んだ。
だが、それすらも痛みの一部に過ぎない。
全く分からない。
この爆発がなんなのか。
なぜ自分はまだ生きているのか。
誰も教えてくれない。
だが、本能だけが告げてきた。
“死ぬ”
燈矢も、そんな事くらい分かっていた。
今の彼の状況は、誰が見たって助からないと分かるくらいには瀕死だ。
だが、本能はそれを拒むかのように必死に燈矢の中で訴え続ける。
(、、、煩い、、)
理性を塗り潰す勢いの本能からの警告で、思考がまとまらない。
(、、う、るさい!、、、そんな事分かってる!俺も死にたくはない!、、だけど、、だけどそうじゃない!)
燈矢は、そんな本能を更に上から理性で塗り潰す様に心の中で叫ぶ。
(俺が、、俺が死にたくないのは!まだ!、、)
「ま、だ、、」
その瞬間だった。
燈矢の中で、何かが現実を“拒絶”した。
「ね、えざん、、何、、何もじで、、、てなーー」
そう何かを言い終わる前に、目の前の現実がひとつ、、、
“変わる”
◆
気づけば、駅のホームに電車が到着していた。
「、、、」
燈矢は、何が何だかわからずに、列に押される様に電車に乗り込む。
周りに何も変化はない。
ただ、いつも通りの光景が広がっている。
だが、燈矢はあの地獄の様な光景を覚えている。
(な、んだこれ、、)
未だ理解が追いつかない頭の中で、燈矢は何故か、“何かを自分がした”という確信だけがあった。
これが、彼の“最初の干渉”だった。
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