一難去ってまた一難
〜登場人物〜
山本家
山本康夫(65歳)平凡なサラリーマン
山本美津子(60歳)普通の専業主婦
山本彩花(37歳)一般企業勤務、独身
山本悠太(33歳)山本家の一人息子
星野愛莉(21歳)お嫁ちゃん(候補)
星野家
星野健司(45歳)
星野美咲(42歳)
星野瑠奈(17歳)
山本美津子はダイニングテーブルの椅子に深く腰を下ろすと、大きなため息をついた。
「ほんで、どないするん?愛莉さんのこと認めるん?」
「認めるも、認めへんも、悠太があないきっぱり『母さんが愛莉のこと気に入らへんでも、僕の気持ちは変わらん』言うてたやないの。これで反対する言うたらうちが悪者みたいやろ。どないかこないかして、向こうから諦めてもらうように仕向けられへんやろか」
「無理やない? あの子悠太のことが大好きや言うとったし、なんやお母さんの言葉にも反応しはらへんかったしな」
「あんまイビったら気の毒やん」
康夫の無神経な言葉に美津子がキッとなって立ち上がる。
あーあーあーあー、またそうやってお父さんは間も悪いし、空気全然読まへんし。これはマカロン食うたことも含めて雷、落ちんで。
彩花は巻き込み事故を恐れるように、残った野菜寿司やかぼちゃを小さなタッパーへ移し替えながら、肩をすくめて二人を見守った。
「康夫いてるか?」
「伯父さん?」
玄関を開ける後と挨拶の声がほぼ同時、閉じる音のすぐ後に廊下を歩く音がする。
「なんえ?なんで隆夫はんが、突然き来はるん?」
そう言いながら、美津子は両手で髪を整え、訪問着の合わせを軽くおさえた。
「兄さん何したん?」
康夫が声をかけるよりも早く、康夫の兄であり、彩花や悠太の伯父である山本隆夫がひょっこり顔を出した。独身で放浪癖のある隆夫が訪ねてくるのは久しぶりである。
「お、彩ちゃん、久しぶりやな。うまそうなおご馳走や、美津子さんの野菜寿司か。伯父さんの分もあるん?」
「お兄はん、来はるんやったら連絡しといておくれやす。そしたらこない残りもんやのおて、ちゃんと用意……」
「あーいいのいいの、美津子さん、僕はね、予定とか連絡とか、そういうの大っ嫌いや。せっかく定年退職して自由人になったんやさかい、風の向くまま気の向くままや。ネパールで山登りしとったら京都のおばんざいが懐かしゅうなってな。日本に戻ったら、いの一番に康夫んとこ行こ思てな。これ、ネパールの土産。ジャレビとかいう菓子や。ほんでこれは彩ちゃんに、なんや、幸せになるアクセサリーとか言うとったわ」
「ありがとうございます」
受け取ってはみたもののどう考えても派手すぎて、いつのどんなタイミングでつけたらいいのか分からない、色々なカラフルな色の石で出来たネックレスだった。それこそ先ほどまで我が家でインスタ用の写真を撮りまくっていた愛莉さんなら上手に合わせられるのかもしれない。伯父さんには申し訳ないけれども、おそらくつけることはないな、そう思いながら曖昧に笑顔を浮かべた。
「今日は何のお祝いやったん?」
彩花の持っていたタッパーを奪うと、隆夫はバクバクと残り物を平らげ始めた。
「お兄はん、残り物やなんて止めておくれやす。今、ちゃんと用意させていただきますよって」
「いいのいいの、これほんま美味いわ。康夫は果報者やな、こない料理上手でべっぴんな嫁はんもろて、可愛い彩ちゃんと賢い悠太に囲まれて。一人もんのワイとは全然ちゃうわ。っと、ところで悠太は元気でやっとるん? たまには顔見せに来いて、ワイが言うたろか?」
「あ、や、兄さん、さっきまで悠太来とったんや、嫁はんにする女の子連れて。明日も仕事やから言うてとんぼ返りやったけどな」
「ええええ、あのしょんべんたれの悠太が嫁はんって。いーやー、めでたいわ。ほな、これは、顔合わせの祝いの寿司やな」
父親の空気の読めなさは、悠太にも受け継がれているが、父の兄もやはり同じや。この微妙な空気、なんでなんも感じへんねん? どないな神経しとったら、そないバクバク食えるん? いっそ羨まし……くは、ないな、うん。
「んで、どないな女の子やったん? あの悠太やからな、おとなしそうな三つ編みの文学少女とかやろか? 写真とか撮らんかったん? 家族写真」
ほんまにズカズカ踏み込んで来はる。お母さん大丈夫やろか。こっそり母親を盗み見るとこめかみがピクピクと動いている。
「なんや派手な娘やったわ。悪い子やなさそうやけど、まぁ悠太が選んだ嫁はんやさかい別にええけどな。家族写真は撮らんかったな。愛莉さんは撮っとったけど、床の間の掛け軸やら、美津子が生けた花やら、欄間も撮ってはったな。エモい言うてな、インスタントに載せなあかんとか言うとったわ」
「お父さん、インスタントやのおて、インスタやよ」
「お、インスタ、最近ワイも始めたんや、どれ、愛莉ちゃん言うた? 悠太の名前で検索してみるな」
齢70近い伯父さんだが、独身のせいかとにかく新しいもの好きで流行り物にも飛びつかはる。
手にはiPhone、腕にはApple Watch、ガジェット音痴のうちのお父さんやお母さんとは大違いやわ。むしろ私よりも感覚若いんちゃうん?
慣れた手付きでスマホを操作していた隆夫が大きな声をあげた。
「おおお、あったあった、これや、なんやすっごいギャルやな。悠太騙されて金巻き上げられてそうな大学生みたいやわ。ほー、美津子さんの野菜寿司すごいな、バズっとるで」
「はい? ばず? お兄はん何言うてますん?」
「あんな、『インフルエンサー』言うて、フォロワーのようさんおる子が」
「なんやのあの子。インフルエンザやのに人のうちに来たんかいな、常識のあらへん!次亜塩素酸ナトリウムで消毒せな」
「お母さん、違うて」彩花の言葉と
「美津子さん、ちゃうちゃう」隆夫の言葉が被った。
「インフルエンサー言うんは、フォロワーがようさんおって、SNSで世間に与える影響が大きい人のことや」
「ふぉろわ? えす? えぬえす? なんや、分からん。日本語だすか?」
「キレイなもんやうまいもんを紹介しとって、悠太の寝顔なんかもあるわ。美津子さんも彩ちゃんのスマホ借りて見てみたらええわ。ほら、この写真ええやん。美津子さんの野菜寿司やん。『美味しそう』やら『すごいキレイ』『芸術品』『どこの料亭の仕出し?』やて。外国籍の方のリプもあるわ。『Fantastic!』 『Marvelous!』『 This is amazing!』やって、もう大絶賛や」
「うち英語はよう分からしまへん」
「素晴らしいとか、芸術だとか、これはすごいって、そういう意味の称賛やね。お母さんの野菜寿司はいつもキレイで美味しいけど、今日のは気合い入っとってほんまにすごかった。私も芸術品やな思うとったもん」
「な、なんやの、彩花まで、普通やあんなん。主婦が家にいてるんやったら、あの程度のもん客人に振る舞って当然や」
あ、ちょっと嬉しそうな顔や。ほんなら、私の古いスマホ、Wi-Fiでつないで、愛莉さんのインスタ出しといたろか、そんなんで機嫌ようなってくれるんやったら楽なもんや。
これから自分の身に降りかかる困難など予想できるはずもない彩花だった。
1話目のラストに出てきた『独身で放浪癖のある父の兄』が初登場です。
山本隆夫(69歳)独身、新しいもの好き、定年退職して悠々自適な生活を満喫中




