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京女のプライドとおもてなし

~登場人物~

山本 康夫(65歳)平凡なサラリーマン

山本 美津子(60歳)普通の専業主婦

山本 彩花(37歳)一般企業勤務、独身


山本 悠太(33歳)山本家の一人息子

星野愛莉(21歳)お嫁ちゃん(候補)


 山本(やまもと)美津子(みつこ)は愛用のお盆の上に、こちらも長年の愛用品の寿司桶(すしおけ)を乗せた。


 表面が漆谷塗料でコーティングされた黒地に朱色と金色の模様が施された高級な寿司桶だ。

 ちらし寿司の時は塗りの施されていないシンプルな木製の寿司桶を使うが、にぎり寿司や巻き寿司の時にはこちらの塗りの桶を利用する。

 子供達の入学式や卒業式、家族の祝い事には欠かせないものだ。


 悠太(ゆうた)から電話が来た時、「向こうの実家にはもう挨拶済ませててさ、出前取ってくれて寿司ご馳走になったよ、唐揚げとポテトサラダもうまかった。かなり歓迎してくれたよ」と言われた言葉で対抗心に火がついた。


 「うわぁ、相変わらずお母さんの巻き寿司キレイ。京人参と九条ネギと聖護院かぶときゅうりと水菜の太巻きだよね、大好き、これ大好きやわ。こっちは? 賀茂茄子の握りと茗荷の握り、これは芽ねぎを海苔で巻いたにぎり寿司なんやね、海苔で袴にしとるんも美味しそうや。紅大根で作ったお花も素敵やわぁ。筍の薄くスライスしたん握ったのもええ感じやね、ほんでいなり寿司もあるんや、桜でんぶが華やかでええなぁ。赤と黄色の握りは? これパプリカなん?」

 

 彩花(あやか)の言葉に気をよくして、美津子がしたり顔で頷く。


 「せや、パプリカをマリネにしたんや。太巻きの京人参は赤みが強いさかい彩りがええしな、酢漬けにしたんや。九条ネギは軽く湯通しして塩漬けにしとる。聖護院かぶはあんたも好きやし、薄切りで塩漬けや。きゅうりはな、京きゅうりにしようかとも思うたんやけど、ちょうど加賀太きゅうりがあったさかい、知っとるやろ? 石川県の加賀太きゅうりや。出前の寿司なんぞ味気ない。一家の台所を預かる主婦がいてはんのに出前て。なぁ、東京の方はそない時間がないねやろか、普段何してはるんやろ」

 そう言いながら、彩花の前のお盆にも次々に料理を乗せていく。

 かぼちゃの煮物とひじき煮、京漬物の盛り合わせ、お吸い物、茶碗蒸し、全て美津子の定番料理だ。もちろんお手製である。




 居間の襖を開けて、美津子がチラリと康夫(やすお)に目を向ける。口の端にピンク色のお菓子カスがついている。全く、だらしがない。

 美津子の視線に気付いた康夫がそっと目を伏せる。まぁ、よろしゅおす。この子たちが帰ったら、お父さんにはきちんと話をさせてもらいましょ。



 美津子と彩花がテーブルに料理を並べると、愛莉(あいり)が目を輝かせた。

 

 「何、これ、チョーキレイ、チョーきゃわたん、テン上げマックススペシャル」

 日本語だろうか?


 「何言うてはるん。お客はんが来はるんやったらこれくらい普通や。一家の台所を預かる主婦がいてて出前やなんやてそない手抜きはよぉしまへん、うちは昔っからこないして手ぇかけとるんや」

 「へぇーすっごい、さっすが悠太のママちゃん、これ写真撮っていい?インスタあげたい」

 「お、お、お行儀の悪いこと、しなはりなさんな」

 ぴしゃりと撥ねつけた美津子の言葉が終わる前に、悠太と康夫が「いいじゃない、写真くらい」と声を揃えた。


 美津子の眉毛がピクピクと震えた。


 「母さんの野菜寿司綺麗だろ? これは筍かな、握り。そんでこっちが芽ねぎ。太巻きの具は京野菜だな」

 「え、マジ? デジマ? これ全部野菜なの? すっげー、すっごいよママちゃん、え、これ自分で作ったの? ()える〜」

 「当たり前どす。筍は軽く醤油煮、賀茂茄子は焼き目をつけて田楽味噌を忍ばせとるや。水菜は塩漬け、きゅうりは酢漬けや。こないして手間ひまかけるんが京女の心意気や」

 「へぇ、リスペクトぉ。え、これは? ピンクのいなり、色が鮮やかで可愛い♡ 愛莉ピンク大好き」

 「桜でんぶや。見たことないんか」

 「さくらでん、ぶ。……ん? お尻?」


 「お、お、お……って、そないなはしたない事言いな。女性としての恥じらいを持たなあかん」

 「あ、なーる。やば、『あ、なーる』って、アナルってことじゃないから、ぷっ、お尻繋がり、愛莉天才じゃね?」

 「な、な、何を言うてはるん!! 下品極まりない!!! 悠太っ!!!」

 「ま、っま、まぁ、食べようよ、母さんの野菜寿司久々だし、僕も嬉しい。お、茶碗蒸しもあるん?」


 お吸い物やお漬物、かぼちゃの煮物とひじき煮、茶碗蒸しが並ぶと大きなテーブルが料理でいっぱいになった。



 「えー、ウマー、これチョー美味しい。うっわぁ、こんなの初めて、きゅうりのお寿司」

 「愛莉、この間かっぱ巻き食べてたやないか」

 「あ、そっか、かっぱ巻きはきゅうりか」

 「これは加賀太きゅうりだす。そんじょそこらのきゅうりと一緒にせんといておくれやす」


 「このかぼちゃの煮物も美味しい、いっくらでも食べられちゃう」

 「煮物ちゃう、これは『かぼちゃの炊いたん』やさかいに」

 「いつもながら母さんの炊いたん美味しいわぁ。薄味で上品で、お出汁がしっかり味わえるのは、やっぱりこれよねぇ」

 ピリピリとしたムードに耐えかねて彩花が空気を和ますべく口を開く。


 悠太も父さんもこの空気をまったく気にすることもなくバクバク食べとるし、ほんま、どないなっとるんや、その神経。母さんのイヤミをものともせずバクバク食べている愛莉さんも(キモ)が太い。私ならいたたまれへん。食べもんなんて喉通らへん。


 「愛莉さん、えろう食べはるんやねぇ、なんや今まで食うてない子供みたいやわぁ、身体はそない細ないけどな」

 美津子のイヤミが炸裂する。これはさすがに傷つくんちゃうん? 彩花は内心ビクビクしながら愛莉を盗み見る。


 「えー、だってこれ全部めちゃウマ、(さい)&(アンド)(こう)。ダイエットは東京に帰ってからするもーん」

 「愛莉はダイエットなんか必要ないっって」

 「ふっふっふ、悠太ってば優しい。ぷくぷくもちもちしてるのが好きっていっつも言うもんね、えっちなんだからぁ」

 「ちょ、愛莉、親の前で……」



 「悠太っ!!あんた、ほんまにこないな子ぉを嫁にするつもりなんだすか?」

 美津子の声が空気を引き裂く。



 「うん、もし母さんが愛莉のこと気に入らへんでも、僕の気持ちは変わらん。愛莉が好きなんや。一生そばにおって欲しい。出来れば、母さんや姉さんにも、愛莉の良いところを知って欲しい。素直で、嘘やお世辞は一つもない気持ちのええ()やねん。母さんの野菜寿司すっごく気に入ったんやと思うよ」

 「あ、そうです。そうそう、チョー気に入った、ママちゃんのご飯すっごく美味しい。うちのお父さんやお母さんや瑠奈(ルナ)にも食べさせてあげたい。あ、瑠奈っていうのはあーしの妹で超絶可愛いJKなの。で、ここから真剣な話ね、あーし、悠太が大好き。一生大切にする。悠太の大事なパパりんやママちゃん、お姉ちゃんのことも一生大切にするんで、あーしのことも認めて欲しいなって思ってまーす」


 

 なんやの、なんやのこの子。全然へこたれへんし、腐らんし、こっちの調子が狂うわ。

 情熱的な宣言の後、また平然とバクバク食べ始めた愛莉の顔を不思議な生きもんを見るような目でじっと見つめる彩花であった。


星野瑠奈(17歳)愛莉の妹※今回名前だけ出ました。


星野健司(45歳)愛莉のパパ

星野美咲(42歳)愛莉のママ

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