表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

一人息子が彼女を連れて来た。


 山本(やまもと)美津子(みつこ)は玄関であんぐりと口を開けた。

 お行儀の悪い作法であることは分かっているが、空いた口が塞がらないと言うのはこの時のための言葉だと思った。


 なんやの、この子。夜のお商売の女はんやないの、今風に言うたらキャバ嬢とかそんなんやないの。ほんまに、この子が悠太(ゆうた)の……? 救いを乞うような気持ちで久しぶりに会う一人息子を見つめる。


 「母さん、ただいま、やっぱりこっちは寒いね。新幹線も混んでるし、ほっんと疲れたよ。……なに? 変な顔して」


 変な顔になるのも無理はないではないか。モスグリーンのジャンパーに濃い紺色のデニム、そして白地に黒のラインの入ったスニーカー、小太りで黒縁眼鏡の悠太は、18歳で上京した時とほぼ変わらない、は言い過ぎか。3年前に会った時とはほぼ変わらない出で立ちだ。髪型がちょっとスッキリしただろうか。


 その悠太の隣の若い女の子は、金色の近い茶髪をふわふわと高い位置にくくり上げ、パチパチとつけまつ毛を揺らす目の色は青い、外人さんではないと聞いていたのに。


下瞼付近はキラキラの、なんだろう、スティックのりを塗ったみたいになって光っている、耳には大きなハートの、ピアスなのかイヤリングなのかは分からないけれども、それがゆらゆらと揺れている。


そしてピンクのチークと真っ赤な口紅。玄関に入る前に脱いだのだろうふわふわの真っ白のファーコートを右手に抱えて悠太の左腕に絡みついている。


炊事や洗濯などは到底できないと思われるような爪、3cmいや5cmくらいありそう? 真っ赤な爪に光る石がゴテゴテとこれでもかってくらいたくさん埋め込まれている。


 上着は真っピンクの豹柄で肩が思いっきり出ている、この寒いのに。

おまけに丈が短いのかヘソまで出ている。この寒いのに。


ネックレスも鎖みたいなゴテゴテした金色のチェーン。テレビで見る悪役プロレスラーとかそんな感じだ。真っ赤なスカートはかろうじて下着が隠れるような短さで、太ももの途中まで来るような黒の長い靴下にはキラキラのビーズ、そうは言わないのかもしれないけれども、ビーズがいっぱい貼り付いている。靴は真っ白な厚底のブーツでおそらく10cmはあるだろう。


スカートと靴下の間は肌があらわになっている。この寒いのに。というか破廉恥極まりない。



 「えっと、星野(ほしの)愛莉(あいり)ちゃん、です。その、今度、結婚を……しようと思って」

 「ま、まぁ、こんな玄関先ではなんだから、上がんなさい、悠太も、あ、あ愛莉さんも」

 康夫(やすお)がとりなすように、右手で家の中を指す。


 「星野愛莉です。よろしくお願いします。悠太のパパりん、悠太きゅんにそっくり、ウケる〜」

 肝心の愛莉は妙な顔をむけられていることなど、まるで意に介さぬように明るく笑った。


 父親が上がりなさいと言ったものの、わなわなと震える母親が突然噴火するのではないかと思って、彩花(あやか)は身構えた。


あまりにもギャル過ぎるでしょう。

会社のバイトの女の子だって、この格好で現れたらびっくりする。弟の顔をチラリと盗み見る。悠太は特に何も感じていない様子で、早くも靴を脱ぎかけている。


ちょっと、もうちょいなんとかならんかったん? 地味目の格好させなあかんやろ。カップルは似てくると言うけれども、二人は全く似ていない、おそらく対極と言ってもいい。


悠太から結婚相手を連れていくと聞かされていなければ、詐欺か何かに引っかかったカモのよう、……いや、もしかしたら本当にその可能性もあるのかもしれない。美人局(つつもたせ)というか、何らかの狙いがあって、弟を騙しているのではないだろうか。



 居間へ入り、床の間を背に、中央が美津子、両脇を康夫と彩花が固める。本来であれば家長である康夫が真ん中なのだろうが、山本家の「家の顔」である美津子が床の間のどまん前、一番の上座である真ん中に陣取る。入り口付近の下座に悠太と愛莉が並んで座る。


 「えっと、あのこれつまらないもの……ううん、つまらなくないな、えっとぉ、美味しいからぜひ召し上がってくださいっ!」

 派手なピンクの包装紙は、東京の有名メーカーのものであることは想像に難くなかった。


 「なんやこの派手なお菓子……京都に持ってくるんやったらもっとしっかりした和菓子、亀屋陸奥さんの麩饅頭やら俵屋さんの飴とか用意せなあかんやろ?」

 相変わらずすごいイヤミだな。京都に来るのに京都の伝統和菓子持ってこいって、彩花はそう思いながらも、反論をしたら自分の身に火の粉が降りかかってくるのは明らかなので、そのまま黙っていた。



 「いや、母さん、愛莉の気持ちだから。ここのマカロン美味しいらしいよ、愛莉の大好物だし、並んで買ってきてくれたんだよ」

 たまらず悠太が助け舟を出す。そんな助け舟を出すくらいならせめて『うちの親、結構うるさいタイプだから服はリクルートスーツみたいな方がいいかもね』くらい言っておくべきなんじゃないの? 心の中で我が弟の気が利かなさをなじる。こういうところが父さんに似てるんだよね。


 「ふぅまんじゅうって楽しそうでいい名前、アガる〜!今度食べてみたい、悠太売っているお店知ってる?」

 「う、うん、もちろん」

 母さんのイヤミ通じてないし!愛莉のあまりにも素直な反応につい笑ってしまいそうになる。



 「と、ところで、愛莉さんと悠太は、こう、どうして、こう、結婚、とかになったのか、聞かせてもらえるかな?」

 康夫の言葉を聞いて、愛莉が目を輝かせた。よくぞ聞いてくれました、とばかりに身を乗り出した。


~登場人物~

山本 康夫(65歳)平凡なサラリーマン

山本 美津子(60歳)普通の専業主婦

山本 彩花(37歳)一般企業勤務、独身


山本 悠太(33歳)旦那君

星野愛莉(21歳)お嫁ちゃん

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ