98:脱出計画。
「行くぞ、サクラちゃん」
「オッケーよ」
サクラちゃんをおんぶ紐で背負い、声がした小部屋に向かって壁を走る。
「あそこか。サクラちゃん、頼む」
「ま、任せて。あんたたち!」
「おい、上だ。こっち見ろ!」
まずは下で蠢くモンスターの注意を惹きつける。それから。
「チャーム! 回れ右してモンスターと戦いなさい!」
サクラちゃんのスキルでモンスター同士を戦わせた。
「チャーム! あんたたちも他のモンスターと戦って! チャーム!」
俺がサクラちゃんを背負って壁を走り、天井を使ってUターンしてまたチャーム。
効果時間はそう長くない。それでもモンスターたちは混乱し、やがて――。
「よし! スキルが掛かってないのに、モンスター同士でやり合いはじめたぞ」
「やったわね、悟くん!」
「あぁ。モンスターは同種を襲うことはほぼないけど、異種同士だとたまに争うことがある」
それを今回、人為的に引き起こしたってわけだ。
互いに傷つけ合い、消耗したところで――。
「ブライト!」
「あぁ、最後は僕の出番さ。シュパー! 喰らいな、フェザー!」
ブライトのフェザーで止めを差す。
互いに傷つけあってボロボロな状態のところに、フェザーが飛んでくるんだ。
一度に何匹も倒れ、さらに追加のフェザーでモンスターの風穴が出来た。
死体は数十秒で消える。
だが、それまでモンスターの死体が障害物となって、後続のモンスターを足止めしてくれた。
同時に、わずかに空いた隙間に着地し、ATORA社製設置用火柱を置く。
スイッチを入れれば、垂直方向に火柱が上がる装置だ。
簡易的な壁として使える。ただし、火属性を好むモンスターには通用しない。
確認している余裕はない。今のうちに小部屋へ潜り込む。
入り口は下部の方は塞がっているが――開いた!
「大丈夫ですか!」
「さ、悟くんか」
ん? この冒険者、なんで俺の名前を……。まぁいいや。
俺たちが入ると扉、というか岩が入り口を塞ぐ。魔法か。
「ポーションあります。怪我人は――」
あれ、誰も怪我していない。
「怪我をしているのは、あの人だけだ。スキルで俺たちの怪我を全部背負ってくれて」
「スキルで? んわっ。サクラちゃん! 上級ポーションをっ」
「大変。大変だわ。しっかりしてっ」
ひとりだけ凄い重傷の人がいる。それと疲れ切ったような女性がひとり。
「す、すみま、せん……ま、魔力、ポーションはありません、か?」
「あ、ありますっ。サクラちゃん、二本出してくれ」
「はいっ。悟くん、この人に上級ポーションもう一本使っていいかしら?」
「あぁ。判断は任せるよ、サクラちゃん」
「お、おい悟。このおっちゃん……エレベーターで僕らを助けてくれた、あの面接に来てた人だぜ」
え?
横たわって苦しそうな表情を浮かべた人を覗き込む。
あ、ああぁ!
目と顎の傷。確かにあの人だ。
「そうだ……この人のスキル、『献身』だったんだ」
「けん、しん? どんな効果なんだよ、悟」
「このスキルは、任意の相手が受ける怪我やダメージを、全部肩代わりするって効果さ」
「うぇっ。じ、じゃあ、速攻で死んじまうじゃないかっ」
そうならないよう、スキルっていうのはよくできているもんで。
「セットで回復スキルを持っているもんなんだよ。この人の場合、継続回復っていうのがあった」
「えぇ。大塚さんには継続回復のスキルがありました。でも……回復量を上回るダメージを受けて……」
「なんせ俺らと生存者全員を献身で守ってましたから。うちのヒーラーも必死に回復してたけど、先に彼女のMPが切れちゃって」
それがさっきの人か。
小部屋にいたのは冒険者六人、生存者十二人。合計十八人の怪我を全部肩代わりにしていれば、そりゃ回復も追いつかなくなるはずだ。
「もう大丈夫だ。ポーションの無駄遣いはするんじゃない」
「あぁ、おじさん! よかったわ」
傷の人がサクラちゃんの頭を撫でる。
よかった、無事で。
強行突破してこなかったら、間に合わなかったかもしれない。
とはいえ、出血が多かったんだ。これ以上は――。
「お嬢ちゃん、ポーションはあと何本だ?」
「お、お嬢ちゃん!? や、やだわ、お嬢ちゃんだなんて。あ、ポーションね、えっと――」
お嬢ちゃんと言われて喜んでるよ……。
ごそごそをアイテムボックス内を漁って、サクラちゃんが在庫を確認する。
普通のポーションは百五十本ほど。上級ポーションはあと三十三本。それから魔力ポーションが二十八本だ。
「ギリギリ、間に合うか。俺が全員に献身をかけて、強行突破する」
「え、でも」
「無傷で味方と合流出来る状態ではないだろう。そのお嬢ちゃんを俺の肩に乗せる。お嬢ちゃん、十秒毎にポーションをぶっかけてくれ」
部屋の外はモンスターだらけだ。ひとりずつ担いで、壁走りするって手もある。
だけどそれだと時間がかかり過ぎるし、さっきの通路の方でも戦闘は続いているんだ。時間をかけると向こうの消耗が続いて、もたなくなる可能性も。
一度に全員で出て、彼の献身を受けて攻撃されること前提で強行突破……それしかない、のか……。