95:お客さんじゃないから。
「自力歩行困難な方と十八歳未満の転送はこれで終わりです」
ヴァイス、ツララそれぞれ十回ずつチェンジをした。山内さんのチーム、それと冒険者チームが発見した生存者も含めたことで、兄妹には無理させてしまった。
意識のない人や起き上がれない人を転送するときに、軽傷の人もついでに数人ずつ送っている。
そのおかげもあって百二十人近くを転送できたが、まだ四十人ほどが残っている。
「おい、もう四、五回スキルを使えば、全員地上に上がれるだろうっ」
あー、さっきのおじいさんだ。正気に戻るたびサクラちゃんがチャームで黙らせてたけど、四回目の後で無駄だとわかったのか、大人しくなってたんだけどな。
「スキルは使用すれば当然、疲労が蓄積されます。ただ疲れるだけじゃなく、突然バタっと倒れる可能性もあるんです。ですのでこれ以上は使えません」
「おじいちゃん、怒鳴るぐらい元気なんだから、歩いて上まで戻れるわよね」
「んなっ。こんな年寄りに、歩いて出ろというのか!? 疲れて倒れるわ!」
「ちゃんと護衛はしますので、安心してください」
そう話すと、高齢のご婦人が手を上げた。
「もう一回ぐらい、どうにかなりませんか? 疲れてしまって、もうこれ以上は」
「じ、じゃあわしも。この歳になったら、長時間の移動はどうも……」
「だったら私も一緒に! あと一回。一回ぐらいどうにかなるでしょ?」
高齢、とまではいかないけど、五十代ぐらいの人まで手を上げる。
ひとりがそう言いだすと俺も私もと、結局、一回のチェンジでは転送出来ない人数が声を上げた。
「お……おちごと……」
「ツララ、無理するな」
「チュララ、がんばりゅの……。だいじょぶ、みんなチュララがたちゅけてあげ、る」
ディスプレイ用の竹カゴの中で休んでいたツララが立ち上がり、ふらふらになりながらカゴから出た。
だけどすぐにポテっと倒れる。
「ツララァァーッ。もうお前は十分頑張った。だからもう休め。あとは父ちゃんがこの人たちを無事に地上に届けるから、な?」
「んんんー。チュララ、がんばえる。チュララががんばらあないと、いっちょーけんめいたちゅけてるととたちが、いじえられるかあ」
ツララには、俺たちが生存者に虐められているように見えるのか。
それもあながち間違ってはないな。
「ちょっとあんたたち! 恥ずかしくないの!! この子はね、まだ卵から孵化して一ヶ月しか経ってないのよっ。こんな赤ん坊にスキルを強要するなんて、みっともないったらありゃしないわよ!!」
「サ、サクラちゃん?」
「出口までの地図はもう出来てるの! あとは歩くだけ!! 都内や近県から冒険者がたっくさん応援に駆け付けてくれてるわ。彼らが出口までの通路を、ぜーんぶ守ってくれてるの。至れり尽くせりなのよ。それを疲れた? 長時間の移動が辛い? バカ言ってんじゃないわよ! 死にたくなかったら歩きなさいっ」
サ、サクラちゃんが……キレた。
でもなんでばんざいポーズ?
「サクラァ、お前ぇ……くっ。うちの娘を休ませてやってくれっ。やっとの思いで生まれた子なんだ。またこの世に生まれて一ヶ月なんだよぉ」
「そうよ! こんな赤ちゃんが頑張ってたのよ。この世に生まれて何十年も生きてるあんたたちが頑張れないでどうするの!! それともあんたたち、自分が楽をするために、赤ちゃんに働けっていうの?」
「い、いや、それは……」
プルプル震えるツララに視線が注がれる。
「あんな小さな雛が頑張ったのに」
「たいした怪我もないくせに、まったくみっともないぜ」
「人間の恥よ、恥」
と、他の生存者からもそんな言葉が聞こえて来た。
肩を委縮させ、視線を泳がせる我儘なひとたち。
「もしどうしてもというなら、俺たちはあなた方を救助しません」
俺がそう言うと、シーンっと静まり返った。
一番に口を開いたのはサクラちゃんだ。
「さ、悟くん?」
「株式会社ATORA捜索隊。ATORAは民間企業です。そして俺たちはサラリーマンです。捜索隊のお客はお金を払ってくれる要救助者。ですがダンジョン生成に巻き込まれた方の救助では、金銭が発生しません。つまりあなた方はお客ではないのです。こちらが提案する、安全な方法での救助を拒んで、隊員の生命にかかわるような救助方法を強要するのでしたら、救助そのものをお断りします」
「こ、断るって……ど、どうするの?」
「どうって、お好きにどうぞ。我々はもう帰りますので」
と、山内さんもノってくる。
「国の救助隊がそのうち来ますから、その方たちに助けてもらってくださいよ」
「お偉いさん方のハンコリレーが終わったら部隊編成されるでしょう。明日の今頃にはダンジョン前に作戦本部が立てられ、それから……救助が来るのはあと二日か三日先かなぁ」
「さぁさぁ、徒歩で帰られる方たちは、俺たち冒険者が手厚く護衛しますよー」
そう言って歩き出すと、我儘を言っていた人たちも渋々ついて来る。
『三石くん、聞こえますか?』
「佐々木さん? はい、聞こえます」
『よかったっ。直ぐに下の階に向かって。動かせない怪我人がいるの』
ツララのチェンジが必要か。今だと一回使うのが限界だろうけど、でも大丈夫だろう。
「山内さん、あとはお願いします」
「わかった。気をつけろよ」
「はい。では行ってきます」
山内さんのチームと、同行してくれていた冒険者に会釈して駐車場へと向かう。
フロアと違って、駐車場で生成に巻き込まれた人はたぶん少ないはずだ。
駐車場へ行くための階段をおり始めた時――。
「全員逃げろっ。走れ!!」
という後藤さんの声が聞こえた。