9:地鳴り(サクラちゃん視点)
『サクラちゃん。バッテリーがもたないから、録画は止めてくれ。ただしインカムの電源はオンのままで』
「わかったわ、後藤さん。録画はオフ……と。後藤さん、オフにできてる? 私、また間違ったりしてないかしら?」
『大丈夫だ。ちゃんとオフになっているよ。秋山たちとの合流まで、ゆっくり体を休めてくれ。以上』
――[ええぇぇー!? 映像ここまでかよぉぉ]
――[これで救助終わり? まだ続くんだろ?]
――[サクラちゃあああぁぁぁん]
――[なぁ。オレ気づいたんだけど。悟くん、ずっと同じ表情だよな]
――[ダンジョンベビーの感情が欠落してるってマジもんか]
秋山さんたち後発隊を待っている間、お待ちかねのお食事タイム!
アイテムボックスからリンゴと、それから簡易調理キット、お水、パックご飯と雑炊の元を取り出す。
「悟くん、他に必要な物は?」
「鍋をお願い」
「あら、そうね。お鍋がないとご飯作れないわよね」
人間のご飯って、作るの大変そう。
私はこのリンゴを切ってもらうだけでいいもの。
「悟くん。あの、これ」
悟くん、他の子たちの食事の用意もしなきゃいけないのに、迷惑かけちゃって申し訳ないわ。
私もサイコキネシスが使えたらよかったのに。どうして私は使えないのかしら。スキル持ちのほとんどの動物は使えるっていうのに。
「あぁ、カットだね。どのくらいの大きさに切ればいい?」
やだ、まだお願いしていないのに、わかってくれたわ!
悟くん、やっぱりいい子ねぇ。
「えっと、半分の半分の、そのまた半分に……」
「半分の半分の半分か、八等分だね。皮は?」
「そのままでいいわ。皮も美味しいの」
「わかった」
小さなまな板で、大好きなリンゴをトントンと手際よくカットしてくれる。
それを紙皿に乗せて、差し出してくれた。
「あ、待って。お気に入りのテーブルを持って来てるの。えぇっと、あった、これよ」
「イチゴのテーブル」
「かわいいでしょ?」
イチゴの形をした小さなテーブルで、レッサーパンダの私にぴったりなサイズなの。
悟くんがお皿をそこに乗せてくれて、コップに水も注いでくれた。
「みんなの分が出来るまで、待ってるわね」
「いや、先に食べてよサクラちゃん。食べ終わったら念のため、穴の入り口の方を警戒してて欲しいんだ」
「そういうことなら、了解したわ。みなさん、お先にごめんなさいね」
ちゃんと手を合わせて、いただきますと言ってからリンゴを食べる。
んん~。一仕事終えたあとのリンゴは、格別ねぇ。
あら、ダメよ私ったら。まだ初仕事は終わってないじゃない。
秋山さんたちと合流して、無事にあの子たちを地上に送り届けて初めて終わったって言えるのよ。
手を失くした子は残念だけど、生きていたんだもの、よかったとするべきよね。
お金が必要だって言ってたけど、どうしてかしら?
そういうの、聞いちゃいけないわよね?
でも知りたい。どうしてかしら? どうしてぇ?
「あの……今更聞いていいのかわからないけど、あれって、タヌキですよね?」
ん?
「しっ! それは禁句で――」
「たぁ~、ぬぅ~、きぃ~……ですってぇぇ」
「え? タヌキじゃ?」
「私はレッサーパンダよ! ちょっと一般のレッサーパンダと毛色が違うだけ!! レッサーパンダなんだからっ
「……え?」
なんで悟くんの方を見てるのよ!
あ、悟くん、何かぼそぼそ言ってるわね。私の耳は人間よりよく聞こえるんだから!
ああぁん。お湯が沸騰する音も入って来るから、やっぱり聞こえなぁい。
「な、なるほど。レッサーパンダ、なんですね」
「うん、そうなんだ」
あら。わかってくれたじゃない。
ふふ、悟くんがちゃんと説明してくれたのね。疑ったりしてごめんね、悟くん。
さぁ、みんなが安心してご飯を食べられるよう、私が先に食べてしまって見張りをしなきゃ。
あとちょっとだけ視聴者さんの反応も気になるし、見ておこうっと。
な、なんてこと!?
おやつを食べながら歩いていた時、悟くんは石を蹴ったって言ってたけど……視聴者さんのコメントには、モンスターを蹴り飛ばしたってあるじゃない。
しかもひとりじゃない。たくさんの人がそう証言してる。
十五階でも同じように、画面端でモンスターが吹っ飛んでいるんじゃないかってコメントも見つけた。
わ、私。悟くんとお喋りしながら走ってたから、ほとんどの時間、彼の顔を見上げてたのよね。
足元はあんまり見ていなかったし、気づかなかったわ。
それにさっきのワーウルフ。
悟くんしか見ていなかったし、ワーウルフの姿は悟くんで遮られていたから見えなかったけど……ぶつかって吹っ飛ばしてたのね。
視聴者さんのコメントを見る限り、悟くんって実は攻撃スキルを持っているんじゃ?
でも隠す必要なんてないし、本人が気づいてないだけかしら。
ううん、そんなことあり得ないわ。
捜索隊では週の初めに、必ずスキルチェックをするって聞いたもの。
知らないうちにスキルを習得しているかもしれないっていうんで。
あの子、総合身体能力の強化ってスキルを生まれた時から持ってるって言ってたわ。
この世界に初めてダンジョンが生成されたあの日からずっと、そのスキルを育て続けているのよ。
身体能力だけで、モンスターと渡り合える力を身につけちゃってるってこと?
しかも本人にその自覚がまったくない!
他の隊員のみんなも気づかないのかしら。後藤さんも?
あらやだ。私が一番に気づいちゃったってこと!?
「ん? んん? 何かしら、この地鳴り」
ゴゴ、ゴゴゴゴって、足元から振動が伝わってくる。
慌てて穴に視線を向けると、その穴が左右にパカッと割れ……。
「さ、悟くん!?」
「しまったっ。ここは獲物を誘き寄せるための、トラップ部屋だったか!?」