84:たばこ屋の秀。
「まぁまぁ、暑いところわざわざお越しになって。麦茶どうぞ」
「ど、どうも、おしゃまします」
「ありがとうございます」
猫が言ったババァって、おばあさんのことだったのか。
「氷食べる?」
「あ、いただきますおばあ様」
「砕いて持って来てやろうね」
人のよさそうなおばあさんだ。
サクラちゃん用に、わざわざ氷を砕いて持って来てくれた。サクラちゃんはそれを大事そうに掴んで、カリカリと食べている。
サクラちゃんは服や床を濡らさないよう、ちゃんとアイテムボックスからタオルを取り出して足の上に敷いて食べていた。
「あら、お利巧さんねぇ。お名前はなんていうの?」
「サクラです。サクラちゃんって呼んでください。おばあ様のお名前は?」
「うふふ。あたしは梅っていうの。サクラちゃんと同じ、春の花だよ」
「まぁ! お花繋がりなのね」
なんかおばあさんとキャッキャしてるな。
「ババァ、仕事の話が出来ねーから」
「おや、ごめんよ秀吉。あたしはあっちでテレビ見てようかね」
「あら、じゃあ私もご一緒します。テレビ大好き」
「おや、そうかい? じゃあ一緒に見ようか」
サクラちゃんがちらりとこちらを見るので、頷いて応える。それを見てサクラちゃんはおばあさんと奥の部屋へ行った。
「はぁ……。で、チビ二羽のスキルを封じるんだな?」
「はい。えっと……秀吉さん?」
「この辺りじゃ、たばこ屋の秀さんで通ってる」
秀さんはそう言うと、丸いテーブル、いやちゃぶ台? その前に胡坐をかいてどしんっと座った。
あのふくよかさのせいで、二足歩行が困難なんだろうな……。
「おう、お前さんたちも座んな。ちょっとせめーけどよ」
「どうも」
「店は大丈夫?」
「用はありゃベルを鳴らすだろ」
ベル……あれはベルと呼べるのだろうか。
「ところで、そいつらはスキル鑑定をしたのか?」
「あぁ。午前中にしたばかりなんだ」
「それでここにいるってことは、よっぽどのスキルか」
ギルドで鑑定してもらった結果を、秀さんにも見せる。
彼の毛並みは、白黒ぶち。顔にはまるで傷があるように見える縦に黒いラインが、右目を貫くように入っている。
そんな毛並みも相まって、秀さんは貫禄のある猫に見えた。
その秀さんが、眉間に皺を寄せた。
「確かにこりゃ、封印しなきゃあぶねぇな」
「そうなんです。スキルの使い方もよくわからない子たちだし、うっかり本部で留守番している時に暴発でもしたら大変だもの」
「本部? なんだいそりゃあ」
「あ、俺たちは捜索隊の社員なんです。この子たちの父親ブライトも――」
「僕もそこで働いているのさ。僕の力で人間を助けてやってんの」
「ふぅーん。人間に嫌な目に会わされたってのに、変わってんなぁ」
変わってる……確かにそうだ。
ブライトとスノゥは軍事施設に連れていかれて、我が子を奪われている。
それだけじゃなく、他にもいろいろ研究データを取られただろう。
恐ろしい目に会ったはずだ。
なのに俺たちに力を貸してくれる。何故だろう?
「簡単なことさ。僕らを苦しめたのは人間だけど、それはこの国の人たちじゃない。もっと言えば、それをやったのは世界中の人類の中で、ほんの数十人だ」
「数百かもよ」
「あぁ、そうだな。数百かもしれない。でも千人はいないだろ?」
「そうね。そんなにはいないわね」
夫婦でそんな話をする。
「つまりはだ。憎むべきは僕らを苦しめた人間たちだけで、それ以外の人間は憎むべき対象じゃない。それだけのことさ」
「悟さんたちには助けてもらったもの。感謝の気持ちしかないわ」
「あぁ、そうだ。僕らを奪い返そうとする連中を諦めさせたのは、ATORAの社長だ。だから社長に恩返しをするために、社長の下で僕は働いているんだ。そして、きっと僕らを救ってくれるだろうと信じて会いに行った悟は、予想通り僕らを助けてくれた。だから悟のチームにいるんだ」
「悟さんと社長さん、両方に恩返しができるものね」
二人とも、そんな風に思ってくれていたのか。
「なるほどねぇ。スキル持ちの動物の就職先にも良さそうだな」
「え、就職先?」
「大歓迎だよ! どんなスキルでも何かしら役に立つものさ。いや、言葉が通じるってだけで十分じゃないか」
「あ、赤城さん。落ち着いて」
「僕のチームにももふもふが欲しい!」
ダメだ。落ち着かない。
カゴの中のツララを抱き上げ、赤城さんの目の前に見せる。
「赤城さーん。ツララ抱っこしててください。ね?」
「わかった三石くん。ツララちゃん、お兄さんの膝の上で遊ぼうねぇ」
「こちょこちょちてー、こちょこちょー」
よし、これで大人しくなった。
スキル持ちの就職先――どういうことなのか、秀さんに尋ねてみた。
「スキル持ちの動物ってのはな、お前ら人間が思ってるよりかずっと多いのさ。なんせスキルを持つ前だと、なんも考えずにひょいっとダンジョンに入っちまうんだからな」
「あ、あぁ……まぁそうだよね」
「この町だけでも、スキル持ちの野良どもが三十匹はいんだよ」
さ、三十。確かに多いな。
「野良ってことは、猫?」
「あぁ、そうだ。野良犬ってのは駆除されやすいからな。ほとんどいねぇ。あとハトも割といるぜ。それとカラス野郎な」
なんか想像出来てしまう。
ダンジョンの入り口は渦を巻くブラックホールのようになっているけど、それが気になって入ってしまう猫。
飛んでいる時にたまたま目の前にそれがあって、うっかり中へ入ってしまうハトやカラス。
そんなのの一部がたまたまスキルを獲得してしまった――と。
「そいつらは俺の口利きでちょいと仕事をやらせたりしてはいるんだけどな、なかなかまとまった仕事にありつけなくてよ。その日の飯を食うのにも困ってんだ」
「え、冒険者の道とかは?」
「あぁ、ダメだありゃ。人間は動物を見下して、安い給料しか払わねーんだ。日当五百円とかだぜ?」
え、そんなに低いのか!? それはダメなんじゃ。
「動物に対しての雇用法案って、まだ整備されてないからね」
と、赤城さんがこっそり教えてくれる。
最低賃金の話とかは人間に限ったもので、動物に対してそれは該当しないという。
「な、捜索隊で奴らを雇ってくれねーか? 社長に口利きしてくれるだけでいいんだよ。俺ァここのババアにガキん頃に拾われて家猫になったが、あいつらが不憫でよぉ」
「もちろん。社長には僕から話をしておくよ。近いうちに彼らとも会いたいな」
「そうか! よしよし。んじゃ、ガキどものスキルを封じるか。へへ、あいつらもきっと喜ぶぜ」
赤城さーん。勝手に話し進めちゃっていいんですかー?