83:次、停まります。
「赤城さん、ほんとにいいんですか? 夜勤明けだってのに」
「いいんだよ。気にしないで」
本部に戻ってスノゥに二羽のスキルについて話し、封印するかどうか話し合ってもらった。
その結果、今はやっぱり早いだろうから、せめて一年は封印してもらおうってことに。
で、ギルドで「スキルを封印」出来る猫の所在地を聞いて、今、そこへ向かっている。赤城さんが運転する車で。
俺とサクラちゃん、ブライトは、何かあれば出動しなくちゃいけない。
でもブライトの子供たちのことだし、同席はしたい。
ということで、もしもの時のことを考え、誰かに同行してもらえないか頼んだら赤城さんが即行で手を上げた。
それはもう、ニッコニコ顔でだ。
「しかしヴァイスくんもツララちゃんも、凄いスキルだねぇ」
「そうですよねぇ」
殺傷力マシマシ兄妹だ。兄妹喧嘩でスキルを――なんてなったら、恐ろしいことになるぞ。
「この先か。そこのパーキングに停めよう」
「下町って感じの場所ですね」
「この辺りは昔ながらの街並みが残ってるんだね」
車を降りてここから少し歩く。目指すのは――。
「たばこ屋……たばこ屋……」
「僕はたばこ吸わないけど、今でもそういうお店って残ってるんだね」
「通勤途中でそういうの見たことないですね」
「だよねぇ。店番をしてる猫かぁ。かわいいんだろうなぁ」
赤城さんのお目当てはそっちか。まぁらしいと言えばらしい。
赤城さんがこんなに動物好きだなんて知らなかった。それを知ったのも、サクラちゃんが来てからだ。
他にもロビーの受付案内の人や事務の人、近くにあるATORAの本社ビルからも、サクラちゃんや雛たちを見に来る人が多いらしい。
スノゥ曰く、二羽のためにいろいろお肉を持ってくる人がいて有難いんだけど、多すぎて困る――そうだ。
そういえば二羽って、ちょっとぽっちゃりしてるよな……。
軽自動車がギリギリすれ違える程度の道幅を、二羽を入れたカゴを抱えて歩く。といっても抱えているのは赤城さん。
「ブライトぉ、たばこ屋見えるか~?」
「むうぅぅぅぅぅ……たばこ屋ってどんな建物だ!」
あぁ、そこからか……。まぁそうだよな。数カ月前まで野生のシロフクロウだったんだし、しかもロシア生まれだし、わからないよな。
「あら、アレじゃないかしら。たばこ屋って、赤い看板が見えるわ」
「それだ! スノゥ、案内頼むよ」
「えぇ、任せてください」
「あんたより奥さんの方が頼りになるわぁ~」
「うっせーこのタ……毛むくじゃら!」
人間の女の子なら、ここで怒るもんなんだけど。
そもそも毛むくじゃらが当たり前の動物なんだし、悪口でもなんでもない。
サクラちゃんは首を傾げ「何いってんのこいつ」って顔をしている。
これでも夏毛になって、スッキリした方なんだよなぁ。
スノゥの案内でやって来たのは、まさにたばこ屋だ。
ガラスケースにたばこの見本がずらりと並び、その見本には番号が書かれたシールが貼ってある。
だけどガラス窓のところに猫はおろか、人影も見当たらない。
「三石くん、ご用の方はボタンを押してくれって書いてあるよ」
「あ、ほん……え、これバスの降車ボタンですよね?」
「そう、だね……お、押してみる?」
「おちてみりゅー。えいっ」
「「あ」」
押したのはツララだ。赤城さんがガラスケース台の上にカゴを置いていたから、そこから飛び降りてボタンを足で踏んずけた。
――ピンポーン。次、停まります。
なんて音が鳴る。やっぱりバスの降車ボタンだ。なんでこんなところに……。
すると店の奥のすりガラスが開き、貫禄のある猫がのっしのっしと歩いて来た。
二足歩行じゃない……普通の猫の歩き方だ。
ってことはスキル持ちじゃなく、普通の猫?
傍まで来ると、いったん猫の姿は見えない角度になる。
「よっこらせっと」
野太いおじさん声が聞こえると、ガラスケース越しに現れたのはさっきの猫。
喋ったってことは、この猫が?
「新顔だな。何番のヤツを買うんだ」
「いちばーん」
「そうか、いち……あん?」
答えたのはツララで、それを見て猫が身を乗り出した。
「くんなっ。くんなデブ! デーッブ!」
「なんだこのフクロウのガキは」
「ごめん。俺たちたばこを買いに来たんじゃないんだ。この二羽のスキルを封印してもらうために来たんだよ。こらヴァイス。人に向かってそんなこと言うんじゃない」
「ヒトちげーしっ」
そうだけどさぁ。
「ヴァイス! その口の利き方は何ですかっ」
「か、かーちゃんっ」
「人だろうが動物だろうが、悪口を言っていいのは悪人悪動物だけですっ。相手が悪い存在なのかどうか、ちゃんと確かめてからにしなさいっ」
ス、スノゥ……教育の仕方が独特じゃないですかね?
「ごめんなさい、猫さん。この子、悪い人間の研究施設に誘拐されて、そこで孵化したものだから口が悪くなっちゃって」
「ほぉ。悪い人間……おっ。そういやテレビで見たな。ロシアだったか?」
「そうそう。それ私たちです」
猫も見ていたのか。
「そうか。確かダンジョンで産卵した、だったよな?」
「はい。この子たちは人間で言う、ダンジョンベビーなんです」
「なるほどなぁ。そりゃ確かに、こんなおチビにゃ、スキルを持たせてっと心配だわな。よし、そっちから中に入って来い」
猫がそっち――と言ったのは、普通の出入り口だ。
ツララをカゴに戻し、店の中へ。
「おーい、ババァ。茶の間借りるぜぇ」
「はいよー。お客さんかーい?」
「俺の客だ」
ババァ? 他にもスキル持ちが?
いやそれより、スキル持ちの動物は二足歩行が出来るはずだけど、あの猫は四足歩行だ。
もしかして体重のせいで直立できないとか?
その後ろ姿は、歩くたびに腹部は左右に揺れ動いていた。
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呼び鈴をバスの降車ボタンにした理由は・・・
特にありません。
たぶん猫様が気に入ったんでしょう。