80:サンサンと照り付ける・・・
「僕は帰りたくない」
三日後。がっつり東京観光を楽しんだ、と思うオーランドが、空港でそんなことを言い出した。
「もう飛行機のチケットも買ってあるんだろ?」
「エディが買った」
「じゃあ帰れよ」
「君はなんてヒドイ男だ。僕がいなくなって寂しくないのか。僕は寂しい。主にサクラちゃんとツララちゃんとヴァイスに会えなくて」
「寂しいのね、オーランド。よしよししてあげるわ」
「うん」
つまり俺はどうでもいいと。俺もどうでもいいけど。
「おいオーランド。そろそろ帰らないと、ランキングに影響するぞ?」
「そうだぜオーランド。それでなくても去年の大型ルーキーの快進撃で、今年のランキングは大荒れだってのによぉ」
「去年? それって去年スキルを手に入れたって人のこと?」
「あぁ、そうだぜサトル。アメリカじゃ、ランキングポイントを一年ごとにリセットするんだ。その方が公平だってな」
まぁそりゃそうだ。累計だとスキルを手に入れてからの年数が長い人の方が有利になるのは当たり前だし。
しかし二年目で上位に食い込んでくるっていうことは、よっぽどなスキルを手に入れたんだろうな。羨ましい。
……羨ましい、か。
前は誰がどんなスキルを手に入れようが、何とも思わなかったのに。
力――強くなりたいって思う様になったからかな。
オーランドぐらい強ければ、モンスター溜まりがあっても気にせず突っ込める。
要救助者の傍にモンスターがいても、瞬殺できる。
そのぐらいの力が欲しい。
オーランド、か。
「なぁ、オーランド」
「なんだ、サトル」
「お前さ、うちに来ないか?」
「What?」
「いやいやいやいやいやいやいや。サ、サトル。それは困るっ。うちの稼ぎ頭なんだから、引き抜かないでくれっ」
あんたたちは俺を引き抜こうとしたくせに。
「あら、いいんじゃないかしら。私は賛成よ。だって悟くんもオーランドも似た者同士で、きっといいお友達になれるわよね」
「僕も賛成だね。今だと悟の肩を、サクラと取り合いだ。もうひとり人間がいてくれれば、留まれる所も増えて歓迎だぜ」
「ブライト一家全員が留まっても大丈夫」
「オーランドォォ。動物に目が眩んでんじゃねえぞっ」
エディ氏、わりと本気で涙目だな。
アメリカではギルドの優劣なんてのがあって、メンバー内に何人上位ランカーがいるかとかで決まるって話だったな。
オーランドは去年、三位だったらしいし、そりゃいなくなると困るだろう。
「でもそういうのってさ、本人がどうしたいかが一番重要じゃないかな。まぁ誘っておいてなんだけど」
「そうそう。無理に引き抜くのは悪いことだぜ。オーランドはもちろん、俺たちとハンターやりたいよな?」
自分のことは棚に上げて、よく言うよ。
でもああは言ったけど、俺はなんとなくオーランドがどう答えるか、わかってる気がする。
この数日、オーランドはうちに泊まってた。その間に彼のスマホの中にあった写真をいろいろ、いやたぶん全部見せられたけど、どれも動物の写真ばかり。
ダンジョン内でも見たけど、本当に全部動物だ。
彼のお母さんの実家が牧場経営をしていて、もうおじいさんも亡くなっているそうだけど、その牧場は動物愛護団体に貸していると聞いた。
そこではたくさんの動物が保護され暮らしており、団体の運営費、動物の餌代から施設の管理費用まで全部、オーランドが払っているらしい。
動物が好きだっていう理由だけで、そこまでやれるとは思えない。
彼にとって動物たちは家族であり、守るべき存在なんだ。
オーランドが日本で捜索隊やってても、今ほどの支援は出来なくなるだろう。
だから――。
「あ、飛行機の時間だ。じゃ、サトル」
「あぁ」
さっきまで「帰りたくない」って言ってたくせにな。ケロっとした顔でこんなこと言ってるし。
「サクラちゃん。今度はアメリカに来て。僕がニューヨークを案内するよ」
「帰っちゃうのね」
「家族が待ってる。ブライトも、ベビーたちを連れて飛んで来て」
「無茶言うな。あと娘は絶対に嫁にはやらんぞ!」
まだ言ってるのか。
「エディ。早くいかないと搭乗手続きに遅れるよ」
「お、おいっ。お前がグダってたんだろうがっ。おい!」
「はぁ……ヘイ、サトル。君はわかっててオーランドにああ言ったのか?」
「はい。でもまぁ、オーランドが万が一、Yesって答えたらそのまま同僚になる気ぐらいはありましたけど」
「HAHA。それは困るな。あぁ、ミスター後藤の気持ちがわかったよ」
それはよかった。
「オーランドじゃないが、アメリカに遊びに来るといいぞ。日本のダンジョンは少し温い気がする。強さが欲しいなら、アメリカのインフェルノクラスのダンジョンがいい」
「長期休暇なんて取れませんよ。人手不足ですから」
「ブラックだなぁ。ま、心の端っこにでも置いてみろ。ではな。仕事、頑張れ」
「はい。ありがとうございます」
「あと、オーランドとはメル友を続けてやってくれ。早いうちからハンターをやらせていたから、あいつにはフレンドってものがいなかったんだ」
トム氏のその言葉は、少し意外だった。
案外、オーランドのことを大事にしているんだな。
「どうせサクラちゃんやシロフクロウの雛たちの写真を頼まれているんで、メールは続けますよ」
「あぁ。感謝する。じゃあな」
「はい。お気をつけて」
白い歯を見せ、トムがゲートの方へと向かう。
日差しのせいか、彼の白い歯――じゃなく、頭が凄く眩しく光って見えた。