8:痛い思い。
「こっちです。こっち!」
「要救助者発見。十六階、T16、L15。やや左寄りの中央の狭い通路に隠し部屋があったようです」
前方の通路から顔だけ覗かせた人物がいる。その顔はリストにあった要救助対象の冒険者だ。
「後ろにモンスターよ! 気を付けてっ」
「早く中に戻ってください!」
ここから見えるだけでも、隠し部屋の入り口は狭そうだ。大人が身を屈めてやっと通れるぐらいには。
奥の通路から姿を現したのはワーウルフだ。大型ではないけど、あの穴を潜るなら匍匐前進しなければならない。
匍匐前進が出来れば、だけど。
「サクラちゃんはそのまま中へ」
「悟くんはどうするの!?」
「俺はワーウルフを誘導して、ここから遠ざけるよ。大丈夫。追いつかれないから」
「でも!?」
すれ違いざまに捕まらないようにしないと。少し速度を上げよう。
――[死亡フラグだろそれやめろ!]
――[悟それアカンやつや絶対ダメ]
「悟くん!」
「何?」
「キャーッ!? あ、あなた何やってるのよ。振り向いちゃダメでしょ!!」
だって呼んだのそっちじゃないか――痛っ。
どんっと何かにぶつかった衝撃があって前を見ると、ワーウルフがいなくなっていた。
ど、どういうこと?
――[悟ーっ前みろ、前ぇー!]
――[これ三十秒前だよな? おい、このまま映像切れたりしたら、悟っち死んでんじゃ……]
――[おいやめろ!]
「悟くん、悟くん、早くっ」
「あ、うん……どこ行ったかなぁ?」
――[おい、今吹っ飛んだよな?]
――[ワーウルフってレベルいくつだ?]
――[そんな強くはないけど、20ぐらいだっけ]
――[いやいや、走ってるだけでモンスターぶっ飛ばすっておかしいだろ]
――[タックルだろ今の。攻撃スキルじゃん。持ってないって嘘だろ?]
――[いや、スキル使う時は体が薄っすら光るんだって。今光ってなかっただろ]
――[施設の壁をぶち抜いたのって子供のころだったろ? 大人になった今……]
他にモンスターがいないことを確認して穴へと入る。
思った通りだ。かなり小さい穴だ。もう少し小さかったら、人間も匍匐前進必須だったかも。
――[気づいてねぇー! お前が吹っ飛ばしたんだよww]
――[天然確定]
四つん這いで中に入り、五メートルほど進むと小さな部屋に出た。
四畳半ほどの狭い部屋だけど、数人が身を寄せるには十分の広さがある。
そこに五人はいた。無事だ。
――[要救助者にモザイクww]
――[こんなバカに配慮なんかしなくていいのに]
「要救助者五名、全員の生存を確認しました。ひとり重傷、二人中程度、二人軽傷です。サクラちゃん、ポーション全部出して」
「オッケーよ。ポーション五十本、ハイ・ポーション十本あるんだけど」
「そんなに!? あ、そうか。サクラちゃんはアイテムボックスがあったんだったね」
普段の俺だと、ポーション十本、ハイ・ポーション三本が限界だ。それ以上だと専用ポーチを一つ追加しないといけないから、荷物がかさばってしまう。
やっぱりアイテムボックス持ちの相棒がいると、救助者の治療もしっかり出来るから生存率を上げられるな。
「ごめん、サクラちゃん。重傷の人用にハイ・ポーション二本、中程度の人にはポーション三本ずつ、軽傷の人には一本ずつで」
「わかったわ。ハイ・ポーション二本と、ポーションが八本ね」
それぞれにポーションを飲んで貰って様子を見る。重傷の人は左手の手首から先がない。
残念ながら、欠損は治せないから傷を塞ぐことしか出来ないな。
出血も激しいし、輸血が必要だ。
「その人、血液型は?」
「A型です。助かりますか? 止血だけはなんとかしたんですが……」
「輸血キットがありますので、なんとかなると思います」
「よかった。圭太、助かったんだぞ。俺たち助かったんだ」
「安心するのはいいですが、反省もしてくださいね。あなた、冒険者でしょう? なんでスキルを持たない一般の人を、十六階層まで連れて来たんです」
サクラちゃんに頼んで、アイテムボックスからA型用の輸血キットを出してもらう。
誰でも――とはいかないけど、十時間の講習を受けておけば使える専用キットだ。
対象者の腕をスキャンすると、血管の位置を正確に教えてくれる。
適切な血管のある位置に小型ケースを乗せれば、あとは自動で針を刺し、輸血を開始してくれる便利なアイテムだ。
――[便利なもんあるなぁ。医療現場でも使われてんの?]
――[現役看護師だけど使ってないよ。頼り過ぎると技術低下につながるから]
「これでよし。みなさん、ポーションは飲みましたか? 痛みがある傷が残っていませんか?」
「だ、大丈夫です」
「そうですか。で、さっきの話ですが、どうして十六階まで来たんです?」
「それは……」
重傷者は冒険者だ。もうひとりの、さっき俺たちを呼んだ彼も冒険者。軽傷だった。
一般人のうち二人が中程度の怪我で、もうひとりが軽傷。
四人とも怪我の方は大丈夫そうだ。
左手を失った人も、そこ以外の傷は塞がったはずだ。手首もハイ・ポーションを直でかけたし、感染症の心配もないだろう。
「すみません……。どうしてもまとまったお金が必要で……それでスキルが手に入らないかと思って」
喋り始めたのは軽傷だった一般の人だ。
「そしたら実際にスキルを――俺じゃないけど、あいつが。それで一攫千金が狙える所に連れて行ってくれって、頼んだんです」
「ここの……ネームドモンスターから、低確率だけどダイヤの原石が出るって聞いて」
「出ますよ。でもネームドモンスター自体、週一、ランダムなタイミングで湧くんです。しかも一体だけですから、遭遇率がまず絶望的ですよ」
「ネームドモンスターね。私も聞いたわ。出会えるかどうかっていうのもあるけど、取り巻きモンスターもいるから倒すのも大変だって。ここは十六階だから、少なくともレベル21以上ないと」
「普通に生息しているモンスターを倒すための適正は21だけど、ネームドだとプラス3は欲しいね」
スキルを手に入れたばかりならレベルは1だ。冒険者である二人も、資料にはレベル20とあった。微妙に背伸びしているんだよな。
西区のダンジョンの攻略難易度は比較的低い。
それでも、階層+5ぐらいのレベルが必要だ。
「ダンジョンだからって、誰でも気軽に一攫千金を狙えるわけじゃないんです。命がけなんですよ」
「そんなのわかってる! でも直ぐにお金が必要なんだよ!!」
すぐ、か。ということは借金なんだろう。
「今回の要請による救助料金は、三十万を超えると思います。お金を求めて無茶して、またお金を失うんです。高い授業料ですね」
「バ、バカにしてんのか!?」
すっくと立ちあがったのは、スキルを手にいれたという彼。
そのまま拳を振りかざす。
――[おいやめろ]
――[その人は常人じゃねーぞ]
――[こいつの腕が骨折するにワンコイン]
「無駄なことは止めましょうよ」
「うるせぇ! ――――いってぇぇ!?」
はぁ。だから言ったのに。
生まれた時からスキルを持ってる俺は、スキル歴一日のパンチなんかじゃ吹っ飛ばない。
皮膚の表面は普通に柔らかいんだけど、骨が硬いらしい。
痛い思いするのは、殴った相手なんだよな。