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78:閑話オーランドが生まれた日2

「ふぅーっ、んんーっ」


 雄叫びのような絶叫を続けるエマの周りには、動物病院内の預かりペットたちが集まり見守っていた。

 準備は既に整えてある。

 清潔な布、消毒済みのメス、鏡、熱湯を入れたポットと水を入れたポット、それらを注ぐ桶。

 最後に、生まれた我が子を寝かせるためのベッド。それには購入してまだ未使用だったペットキャリーを使う。


 これらの準備を、エマは陣痛の合間に全部済ませた。


「大丈夫。大丈夫。きっと大丈夫よ。ね、ジョージ」


 もう傍にはいない夫の名を、何度も何度も呼び続けた。

 そして彼女は鏡を見ながら、産道の出口を広げるためにメスを入れる。

 痛みを感じるが、それ以上に彼女は必死だった。


 押し寄せるうねり。

 これが最後だと言わんばかりに、そのうねりに合わせていきむ。


「ふ、ふぇ……オギャーッ、オギャーッ」

「ああぁ。あぁ、生まれたわ、ジョージ。生まれたの。あなたの子よ。男の子よ」


 生まれて来た我が子を胸に抱く前に、彼女はやるべきことをする。

 へその緒を切り、結んで、桶にお湯と水を注いで温度を確かめてから、血で汚れた我が子の体を拭てやった。

 猫がタオルを咥え、赤ん坊の上に乗せてやる。


「ありがとう、マリー。優しいのね」

「んにゃ~」


 エマには何故か、猫のマリーの言葉がわかった。

「どういたしまして」

 そう言っているように聞こえたのだ。

 マリーだけじゃない。他の動物たちの声も聞こえるのだ。


(いったいどうして?)


 そうは思ったが、考える余裕が彼女にはない。

 我が子を抱き上げ、初乳を飲ませ、タオルで包む。

 メスで切った部分をどうしようかと考えるが、さすがに鏡を見ながら縫合するのは難しいと判断し、なんとか止血だけでもとガーゼで押さえることに。


「大丈夫……きっとボブたちが来てくれるわ。だから大丈夫よオーランド」


 男の子だったらオーランド――夫婦でそう決めていた。

 息子は産声を上げた後、泣くこともなくすやすやと眠っている。

 その寝顔を眺めていると、エマも出産の疲れから睡魔に襲われた。


 もしかして――と思い、彼女は動物たちに話しかける。


「ねぇ。少し休みたいの……オーランドを見ててくれる? この子が目を覚ましたら、起こしてくれるかしら?」

「にゃ~」

「ウォン」


 猫も犬も、赤ん坊を起こさないようにするためなのか、その声は小さい。

 だが確かにエマの耳には「任せて」「いいよ」という返事に聞こえた。

 

 そうしてエマは眠りにつき、ペットに起こされ授乳をし、また眠りにつく。

 三度、四度と繰り返し、彼女は自覚した。

 自分に不思議な力が備わったことを。

 それと同時に知った。

 出血が多すぎて、輸血が必要だということを。


 しかしここでは輸血なんて行えない。救助が来なければ自分は助からない、と。

 

「私に……もしものことがあったら、みんな、この子をお願いね」

「にゃあぁぁ」

「くぅーん」

「あなたたちが家族になってあげてね」


 その時、病院のロビーの方で音がした。


「救助隊!?」


 彼女は奥のスタッフ用休憩室からロビーへと駆け出す。


「ウニャーッ」

「ワンワンッ、ワンッ」

「ピチチチチチチチッ」

「キュイィーッ」


 猫が、犬が、鳥が、モルモットが――院にいた全てのペットたちがけたたましく鳴き出す。


「ど、どうしたの?」


 あまりにけたたましい声は、エマの耳を混乱させ、その言葉を聞き取るのが難しくなっていた。

 だから気づくのに遅れたのだ。


 ロビーのガラスを割って入って来たものが、人ではなかったことに。






「あったぞ! アニマルクリニックだっ」

「エマー。ドクター、エマ! 戻って来たよ。救助隊を連れて来たよっ」


 ピザ屋のボブが救助隊を連れて再び洞窟――迷宮に戻って来たのは三日後のこと。

 彼らが目にしたのは、診察室へと続くドアの前で亡くなっていたエマの姿だった。

 彼女は奥へと続くドアを塞ぐかのように、座ったまま息を引き取っていた。その手には折れたモップの柄を握って。

 何かに突き刺されたような傷跡があったもののそれ以外には何もなく、遺体の損傷は少なく、比較的綺麗な状態だった。


 人の気配を察知したのか、奥から動物たちの声が聞こえる。

 彼らはエマの遺体をそっと移動させ、診察室へのドアを開けた。

 ドアの向こう側には診察台が置かれ、わずかだが侵入を防ぐ役割に。

 その向こうへと続く扉は動かず、だがしばらくすると何かを引きずる音がした。


「誰かいるのか?」

「ほ、他に助かった奴がいたのかもしれない。おい、誰かいるか!?」


 ボブの呼びかけに答えたのは犬、猫、鳥、その他小動物の鳴き声。

 それに交じって聞こえたのは――


「ホギャーッホギャーッ」

「赤ん坊!? 赤ん坊がいるのかっ」

「早く開け――開いた!」


 救助隊が飛び込むと、通路の端に寄せられたゲージや机、ペットフードが置かれていた。


「ウォン!」


 一頭の犬が案内するかのように、彼らを奥の部屋へと導く。

 赤ん坊の声はそこから聞こえていた。


 ボブはすぐさま引き返し、横たえられたエマの体を見た。

 最後に見たエマのお腹とはまったく違う。普通の状態のお腹だ。


「エマ……エマ……遅くなってごめんよ。ごめん……君の赤ん坊は、無事に連れて帰るからね」


 ボブは眠る彼女にそう約束をした。

 そして奥からは――


「赤ん坊がいたぞ! 無事だ。生きている!」

「イヤッホォォーッ!」


 歓喜する救助隊員の声が、ボブの耳に届いた。

 そんなボブの周りに院内の動物たちが集まって、彼と共に涙した。






「こうして、こう……出来た。みた、チェミー」

「ウォン」

「カッコいいでしょ?」

「クゥーン」


 五歳を迎えたオーランドは、広大な牧場で暮らしていた。

 母エマの実家は牧場を経営しており、彼はそこで三年前から祖父と共に暮らしていた。

 牧場へ来る以前の二年間は、国の研究機関で過ごしている。あの時、院内にいた動物たちと一緒に。


 赤ん坊だけを施設に輸送しようとしたが、動物たちが追いかけてくるので仕方なく連れていかれた。


 のちに、アメリカではじめてスキルを手に入れた犬の通訳によって、院内の動物たちがエマの最期の願いを叶えるために赤ん坊と一緒にいるのだと判明。

 同時に彼女が『アニマルテイマー』のスキルを手に入れていたことも。


 しかし院内の動物たちはテイマースキルによる強制力だけでオーランドの傍を離れなかったわけではないだろう。

 きっと、献身的に自分たちの治療に尽力してくれたエマに対する感謝の気持ちと、生まれたばかりの赤ん坊に対する愛情だった――のかもしれないと、通訳をした犬は思っていた。


 動物たちに見守られて育ったオーランドは、大切な家族を守るために自分の中の力を目覚めさせた。

 幼い彼が握るペティナイフは、パチパチと静電気を纏って光っていた。


 三年後――

 オーランドを訪ねて来た男がいた。


「初めまして、オーランド坊や。俺はトムってんだ。お前、最強になって金を稼がないか?」


 お金……お金があれば家族を養える。

 もっとたくさんの家族を養える。

 強くなれば家族を守れる。


 だからオーランドは答えた。


「Yes」


 ――と。



応援、よろしくお願いします><

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