76:ありがとうの握手。
「体をターンさせて逆走して勢いを殺せば?」
というオーランドの一言で、俺は止まることが出来た。
ただし逆走するのは数歩だけ。それ以上走ると、また止まれなくなるだけだから。
無事に地面に下りた時には、氷の塊とも言えるアイス・ドラゴンは霧になって消えてなくなろうとしていた。
「あっ、あっ。悟くん、鱗が落ちてるわ!」
「え? あ、本当だ。さすがに大きいなぁ」
あれ一枚で何百万ってするんだろうな。
倒したのは俺じゃないし、オーランドに渡そう。
「オーランド、鱗が出たぞ。君のだ」
「Why?」
「いや、ホワーイ言われても……」
「倒したのは君だ」
「は? いやいや、首を斬り落としたのはお前じゃん」
「パンチしたのは君だ」
そりゃパンチしたけどね、止めを差したのはオーランドだろ。
「受け取れっ」
「No!」
「なんでだよ、持っていけってっ」
「No!」
お前のだと押し付けても、Noの一点張り。
何度も何度も押し問答をして、俺は正解を導き出した。
「じゃあこれは俺のだ!」
「No!」
「よし、お前のだ」
「え……」
「もう、何遊んでんのあなたたちっ。まだお仕事終わってないのよ!」
「そうだね、サクラちゃん。さ、仕事を終わらせようか」
「……え」
鱗を抱えて呆然としているオーランドを放っておいて、救助した冒険者たちの所へ向かう。
彼らは無傷だし、食事が出来ず体力が云々なんてこともない。
「アイス・ドラゴンがいなくなったのなら、せっかくだしこのまま狩りを続けたいと思うのですが」
「なんせまだここへ来て半日しか経ってないもので」
「救助費用のことも考えると、ちょっと稼がないとなって」
今回は珍しく、要救助者がピンピンしているので地上へ連れていく必要もないな。
後藤さんに確認を取って、五人の冒険者カードの二次元コードをスマホに登録。
コードから冒険者ギルドに照会出来るので、救助費用はギルド登録の口座から引き落とすことも出来る。
「今回はポーションも食料の提供も一切ありませんから、捜索費用だけですよ。下層なので少し割高ですが、九万円ぐらいかな」
「え、そんなもんなんですか?」
「意外と安いんだな……」
「日付も跨いでいませんしね。俺たち三……じゃなくって四人の日当で考えたら、一日二万貰えれば結構いい額でしょ?」
ひとり二万、四人で八万だ。残りの一万が会社に入る。
そう考えたら妥当なんじゃないかと思う。
今から急いで帰れば、0時前には会社まで戻れるし。
日付を跨ぐと追加料金が入って、金額は倍になったかもしれない。
「上司からここで解散でいいと連絡が来たので、俺たちはこれで戻ります。無茶はしないでくださいね。あと――」
その時、地面が軽く揺れた気がした。
いや、気のせいじゃない。
「アイス・ドラゴンが死んだから、壁の位置が変わったんだろうな」
「ネームドが湧いた時にだけ構造が変わるって言うアレですか」
「うわっ。見ろ!」
冒険者のひとりが声を上げる。
反射的に声のする方を見て、それから彼ら指さす方へと視線を向けた。
壁の開いた穴が塞がっていく……あの穴って、さっきこの人たちがいた通路!?
そうだ。あの通路はギルドで購入する地図には描かれていなかったものだ。
完全に塞がってしまうのか……。
通路は空洞になっていて、入口だけが塞がる仕組みなのか、通路そのものがなくなる仕組みなのかはわからない。
でも、先にドラゴンを倒して捜索しようなんて考えてたら、今頃彼らは通路に閉じ込められていたかもしれないな。
「うわぁ……こりゃ大型のネームドモンスター出てるときは、地図にない通路に入らない方が良いな」
「そうですね……ちょっと地図に印入れておこう」
印を入れるのはギルドから支給された方。明日にでもギルドに伝えておかないと。
「それではみなさん、お気をつけて」
「はい。本当にありがとうございました」
「アイス・ドラゴンをたったひとりで相手にして、止めを差してくれたのも彼です。彼にも言ってあげてください」
「日本語通じます?」
と小声で尋ねるので、「大丈夫。流暢ですよ」と伝えた。
五人はかわるがわるオーランドの手を取り、頭を下げお礼を言う。
オーランドは無表情で、ただただ彼らと握られた手を交互に見ていた。
「ふふ、照れてるのね、オーランド」
「え? あれが照れてる?」
「そうよ、照れてるわよ」
「な、なんでそんな風に思うんだい、サクラちゃん。オーランドは無表情じゃないか」
「そう? んー……悟くんとずっと一緒だから、わかるようになっちゃったのかしら?」
え、なんでそこで俺の名前が?
肩に留まったブライトを見ると、彼も首をかなりの角度で傾げてわからない様子。
「それじゃあ、俺たち九万円稼ぎに行ってきます」
「はいっ。お気をつけて」
手を振る彼らを見送ってから、八十階へと下りる階段を目指す。
その道すがら、オーランドはずっと自分の手を見つめていた。