75:どっちが先?
「そ、そんな……アイス・ドラゴンエリアを迂回してこっちに来たのに」
「地図ではそれぞれのエリアを繋げる通路は狭くて、奴は通れないと思ったのに……」
「いえ、実際には通れるんです。ネームドが湧いた時だけ道が広がってるんですよ。そのことにずっと気づかなかった。誰も」
アイス・ドラゴンを避けて、七十九階で狩りをする人が少なかったんだろう。そもそもここは寒くて、防寒対策も必須だし。
「今、同行者がアイス・ドラゴンを引きつけてくれています」
「え? ア、アイス・ドラゴンを!?」
「動けるようならここから出て、すぐ逃げようと思いますが。怪我人は?」
「大丈夫です。食料も十分にあったし、とにかく出られなかったってだけで」
「まさか通路がドラゴンのブレスで塞がれていたとはなぁ。どこかに隠し通路のスイッチでもあって、それを踏んだのかと思って探しまくってたのに」
「見当違いだったんだな」
ギルド支給の地図だと、彼らが入ったこの通路は描かれていない。地図にない通路があれば入りたくなるのは、冒険者の性だろうしな。
ドラゴンは来ないという思い込みと、好奇心でこんな状況になったんだろう。
でも、考えようによってはよかったのかもしれない。
この道に入っていなければ、アイス・ドラゴンと鉢合わせしただろうし。
「荷物をまとめてください。アイテムボックスは?」
「あります。脱出するぞ、みんなっ」
彼らはすぐに荷物をまとめ、アイテムボックスへと収納していく。
準備が出来たら氷の通路を通って――。
アイス・ドラゴンはオーランドの方しか見ていない。
奴までの距離は百メートルぐらいか。あれなら尻尾を振り回されても当たらない。
「よし。今のうちに!」
通路から出て冒険者を誘導する。
――[出て来た!]
――[タイミングが悪いって]
――[そっちはアカーンッ]
「ダメだ悟っ。柱の後ろになんかいるぜっ」
「え、ブライト?」
「うわっ。アイスリザードだ!」
アイスリザード……奴の取り巻き!
しまった。取り巻きのことを忘れていた。
「私に任せてっ。がおぉーっ!」
サクラちゃんの威嚇でアイスリザードの敵意が彼女に向く。
「みなさんは逃げ――さ、ささ、さ、さ、悟くん!?」
「え?」
「うう、う、うう、う、う、後ろおぉぉーっ」
「うし……い゛っ」
『グルウウアアァァァァッ』
「Hey! なんで急に僕を無視するんだっ」
ま、まさか……さっきのサクラちゃんの威嚇が、アイス・ドラゴンにも届いた!?
いや届いてる。めちゃくちゃサクラちゃん見てる!
このままじゃ救出した冒険者まで巻き込まれる。
「サクラちゃん! 俺に乗ってっ」
「わ、わかったわ」
「俺たちは正面に向かって走ります。みなさんは左へっ」
「わ、わかりましたっ」
サクラちゃんが落ちないよう足を掴んで走る。
「きゃあぁぁ~っ」
「我慢してサクラちゃんっ。あんなのに追いつかれたらひとたまりもないんだから」
「わわ、わ、わかってるわ。ぜ、全力で、走ってやあぁぁぁーっ」
「うひぃっ。奴ぁ着いて来てるぜ」
「オーランドは!?」
「滑ってる」
……なんで!?
っとと、こっちも滑るっ。カ、カーブを曲がらなきゃっ。曲がらな……。
「うわうわうわうわあぁぁぁ。す、滑るぅーっ」
「サトルぅー。そのままこっちCome Here」
「そう言ってもおぉぉーっ」
と、止まれない。このままじゃ壁に激突だぞ。
止まれ、止まれ……うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
「さ、悟くんっ。悟くん、あなた……壁を走ってるわぁぁぁーっ」
「氷のせいだ。地面と壁が直角じゃなくって斜面になってたから、そのままぁぁーっ」
壁に激突しないのはよかったけど、そろそろ止まりたいっ。
いや、壁走行してる間は止まらないでくれっ。
――[悟くん!?]
――[ま?]
――[ふぁーっ!?]
――[悟くん。ついに忍者になる]
――[なんか光ってね?]
「おい、悟! 前だ前!」
「え、ま……うわあぁぁっ」
え、なんで? 後ろから追いかけてきてたドラゴンが、なんで前に!?
――[一周してんじゃん!]
――[時速百キロ超えで壁走りしたら、まぁそうなるよな]
――[オーランドなにやってんのっ]
「悟くんっ。私を投げて! そうすればドラゴンは私の方に行くはずよっ」
「出来るわけないだろ! 一か八か――はあああぁぁぁぁっ」
正面にドラゴンの顔がある。その喉が膨れ上がるのが見えた。
ブレスを吐こうとしている。
その鼻先に――
「インパクトオォォォッ!!」
拳を叩き込む!
『ギャオオオオオオオオオォォォォォンッ』
仰け反るアイス・ドラゴン。
視界の端に、稲妻を纏った剣を振り下ろすオーランドが映った。
「捕まえた! ライトニング・スラァーッシュ!」
光の筋がドラゴンの首をなぞる。
やや間があって、筋が通過したところから先、頭の方がごとんっと落ちた。
一瞬だけ血しぶきが噴き出したけど、それもすぐに凍結する。
「きゃーっ! やったわ。やったわよぉ~っ」
「やりやがったぜ、あの金髪野郎」
――[審議中]
――[ざわざわ]
――[なんでだよw]
――[今のって、悟くんが殴った段階で死んでなかった?]
――[え?]
――[いやさすがに首を落としたからだろ?]
――[ざわざわ]
――[ざわざわすんなw]
――[犠牲者でなくてよかった]
ふぅ。よかった、オーランドがいてくれて。
ところでどうやって止まろう?